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腕の檻

 そのことに気付いたのが何のきっかけだったのか、私はもう忘れてしまった。意識するようになる前からずっと、彼女は私の親友だったし……気付いたからといって、彼女と私の何かが変わったというわけではないから。
 何のことかというと――彼女が隣りに並ぶとき、他の人に比べると、多分、少しだけ距離が近いのだ。私はひとの左側を歩くのが癖なのだけれど、彼女と歩くと必ず私の右肘が彼女の左腕に当たって、一度は互いに顔を見合わせ、「ごめん」という場面が訪れる。彼女は笑って、「ううん、別に」と首を振り、そしてまた私の腕に触れるのだった。時にはそのやりとりをきっかけに腕を組むことすらあって、でもそれ自体はこの年代の少女(わたし)たちには決して珍しくないことだったと思う。
 最初は自意識過剰なのかとも思ったけれど、そんなことはないのだとやがて認めた。彼女が他の誰かの隣に立っていても、決して腕がぶつかるようなことはなかったから。私は、それだけ彼女を見ていた、ということになる。でも、彼女を見ていたのは私だけじゃなかった。彼女は、そういう、人の目を惹きつける少女だった。
 なんだか誇らしかった。私は美しくて聡明な彼女が大好きで、同い年ではあったけれど少し憧れていた。あんな風になりたい、とずっと思っていた。だから――。
 だから。

 泣きじゃくる彼女の髪を、私は左手で撫でた。
「泣かないで。貴方のせいじゃない」
「私のせいだよ。私をかばったせいで……」
 彼女に何度となくぶつかった私の右肘。今はもう、ない。いつものように彼女と並んで歩いていたとき、つっこんできたトラックに跳ね飛ばされて意識を失い、病院で気がついたときにはもう、どこにもなくなってしまっていたのだ。
 かばったわけじゃない。たまたま運が悪かったの。――そう言おうとした時、彼女が涙声でつぶやいた。
「私」
 彼女は泣きながら言う。
「貴女の右腕になる。本当だよ。ずっとずっと一緒にいて、貴女に不自由な想いなんてさせない」
「……そんな」
 そんなの無理だよ。しなくていいよ。そう言おうと思うのに、彼女にゆるく抱きしめられると唇が動かない。その長い髪から嗅ぎ慣れたいい匂いがして、私の頭はとろり、ととろけてしまう。
「本当に、ずっといてくれるの?」
「本当よ。約束する」
 彼女の美しい顔が、間近にある。濡れた瞳と、濡れた唇。
 
 本当に近付き過ぎたのは、
 肘などではなく。

「絶対に離さない」



「即興小説トレーニング」より お題は「淡い百合」必須小道具は「右肘」制限時間15分
※サイト掲載にあたり改稿しました