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Prologue

 高橋rp>(たかはし)京介(きょうすけ)はやや重くなった瞼を支えるように指で押さえながら、交番の壁にかかった時計を見上げた。――深夜一時半。昼間の暑さも嘘のようになりをひそめている。時折車が通過していく音が聞こえるより他は、ひっそりと静まり返っていた。繁華街ならともかく、ここがマンションの立ち並ぶ新興住宅地であることを思えば当然だろう。
 そもそも先日までここは無人交番だったのだが、近隣で深夜に帰宅するサラリーマンを狙った引ったくりが多発したため、急遽夜番が設置されたのである。犯人はまだ捕まっていない。
 京介はぱちりと携帯を開き、頬を緩めた。液晶の中で微笑む一歳の我が子。親馬鹿と言われたって構うものか、子供がいるから自分はこうして深夜まで頑張れるのだ。京介は満足して携帯を閉める。次の休みは一緒に遊びに行こう。仕事一途に生き過ぎて、「パパ、今度はいつ来るの?」などと言われるようになってしまってはショックで立ち直れない……。
 缶コーヒーのプルトップを開けるぷしゅ、という音すらも大きく響く静寂。ブラック無糖を喉の奥に流し込みつつ、何とかあと数時間をやり過ごそうとこころに決めた、その時。
 交番の扉ががらりと開いた。ゆらゆらと入ってくる人影――酔っ払いか何かだろうか、と京介は何の気なしに視線を向けた。
「……すみません」
「――――っ!!」
 絶句し、慌てて立ち上がった京介の目の前で、その人物はふらふらと揺れている。蒼白な顔は冷静さを保っているが、その様子が尋常ではないのは人めですぐにわかった。なぜなら……。
「き、君……!」
「救急車を……呼んで、もらえませんか」
 白いTシャツと本人の手で覆われた腹部。そこには何か鋭利なものが真っ直ぐにつき立っていて、こうしている間にも血が徐々に染み出しているのがわかる。
「ま、待っていなさい、今すぐに――」
 京介が慌てて電話に手を掛けると、人物は力が抜けたかのように床に倒れ込んだ。若い男。まだ大学生くらいだろうか。
 交番の白い床に、じわじわと赤い染みが広がっていった――。