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File.4 Borderline 7~9

  7

 桐生とキッチンですれ違った時、草摩は不意に問い掛けた。
「何のつもりだ」
「え?」
 その声の鋭さには気付かぬように、桐生はきょとんとして聞き返す。草摩はその表情に誤魔化されまいとするかのように、口早に言った。
「何故篠原先生を呼んだんだ?」
「お呼びしてはいけませんでしたか? 数少ない共通の知人でしょう」
「お前」
 草摩は顔を上げ、まっすぐに桐生を見つめる。
「何を企んでる?」
「企んでいるなんて」
 困ったように笑みを浮かべる桐生に、草摩は真面目な表情を崩さない。
「忘れるなよ」
「…………」
 桐生が真顔に戻った。

「俺に嘘をつくな」

 それは草摩と桐生が交わした、最初の約束。父の死に関わる事件の後、草摩は桐生に告げた。――俺に嘘をつくな、と。
「…………」
 少し黙った後、桐生は微笑した。柔らかで穏やかな、優しい笑み。
「わかっていますよ」
「…………」
「それに」
 桐生は軽く背を屈め、目線を草摩に合わせた。
「君も、僕に嘘はいけません」
「わ……わかってる」
 多少の動揺をにじませて、草摩が頷く。脳裏に篠原から受け取ったCD-Rが浮かんだ。そのことを、草摩は桐生に言っていない。他人である絵音には話したのに……その罪悪感は、この半月の間ずっと彼につきまとっていた。
 彼の胸中を知ってか知らずか、桐生は笑みを深めた。
「嘘はいけませんが、隠しごとなら構いません」
「え?」
 驚く草摩に、
「人に言えない秘密くらい、誰にだってあるでしょう?」
 と桐生は澄まし顔で答える。
「それに……」
 キッチンミトンに包まれたままの手が、ぱふぱふと草摩の頭をたたく。
「秘密も、明かすべき時が来たら、君はきっと僕に話してくれる」
「…………」
 透き通ったまなざしだった。
 草摩は頷く。──信じているのだ、と。声にならない桐生の声が、それでもちゃんと聞こえた気がした。

  8

 葉山創平は、からからになった喉に冷えたシャンパンを流し込んだ。やかれるような刺激が心地良い。
 乾杯に間に合ったのは喜ばしいことだが、彼には今一つこのパーティの趣旨がつかめない。救いを求めるように叔父を見遣っても、彼は落ち着いた様子で草摩やそのガールフレンドと談笑している。
 ──ガールフレンドという表現も古いか。いつの間にか年を取ったものだ。内心で苦笑を浮かべた時、背後から軽く肩をたたかれた。
 振り向いて、思わず顔がこわばる。
「今日はわざわざ来ていただいてありがとうございました」
 そんなことなどまるで意に介さないような、桐生の笑み。葉山は動揺を押し隠し、強張った笑みを浮かべた。
「いえ、お招きいただけて嬉しかったです」
 意識して浮かべる、表層的な愛想。
「てっきり僕は貴方に嫌われているんだと思っていたから」
「別に、好きな人を呼んだ訳ではないんですよ」
 桐生は苦笑する。
「では、一体……?」
 訝しげに問う彼に、桐生は軽く肩をすくめた。
「この舞台にふさわしい人を集めてみたかった。それだけのことです」
「舞台……?」
 葉山は眉をひそめる。どことなく、桐生の態度に不穏なものを感じたのだ。
 こんなにも静かに、柔らかな笑みを浮かべているのに。それでもまるで、葉山は肉食獣の目の前に差し出された小動物のような心地だった。
「二十年以上も続いてきた……」
 桐生の視線が葉山を外れる。その瞳が草摩をとらえ、少し細められた。
 ――その向こうに、彼は一体何を見ているのだろう。彼は、草摩を見ているのだろうか。それとも他の……誰かを……?
「もう、終わらせなければならないんです」
 顔を背けたまま、桐生はきっぱりと言う。

「こんな長い葬礼は――もう、たくさんなんですよ」

 その横顔が少し歪んでいた。口元は、涙をこらえるように。その表情が、怪我をして痛いのに泣けない、強がりな子供のようだった。
 
 
  9
  
 食事が進み、後はケーキを残すだけとなった頃。桐生が不意に軽く手をたたいた。皆の視線が、さっと集まる。
「ご歓談中のところすみませんが、ここで少々余興を」
「余興?」
「ええ。余興です」
 草摩の問いに、桐生は笑って頷く。
「ビンゴゲームでもするんですか?」
 少し頬を染めた葉山が尋ねる。
「いいえ」
 ゆるゆると首を横に振る。
「それは、クイズかい?」
 篠原が尋ね、その問いを耳にした草摩がはっと息を呑んだ。――まさか、桐生は……。
「良くお分かりになりました」
 桐生は頷く。その上機嫌そうな表情に、変化はない。
「皆さんが良くご存知だと思われるクイズです。でも、まだ答えは明らかになっていない」
「……俺たちが、知ってる?」
 葉山は鸚鵡返しに呟いて、首を傾げる。
「ただ皆さんご存知だといっても、多分その度合いが違うと思います」
 桐生は手にしていたグラスをぐっと傾け、その中身を一気に喉へと流し込んだ。
「ですから……、ここでおさらいをしましょう」
「…………」
 草摩は傍らに立つ絵音の表情を伺う。
「…………」
 彼女は頬を強張らせ、じっと桐生を見つめていた。何となく、彼女にも彼の思惑がわかっているのだろう。
 彼の提出するつもりのクイズが、何なのか。
 そして……、
 草摩はようやく納得していた。
 何故、桐生がこのメンバーを集めたのか。彼が一体何をしたかったのか。
「クイズのタイトルは……、そうですね」
 桐生は少し考えた。そのふりをしただけかもしれない。
「『桐生家の一族』とでもしましょうか」
「パロディかよ」
 草摩がひきつりかけた声を抑え、笑い飛ばす。
「ちゃんと、『クリスマスパーティ』にふさわしい題材なんだろうな? お前が『パーティ』だって言ったんだからさ」
 口調は軽いが、目は笑えない。そのことは桐生も気付いていただろう。彼は笑みの質を微妙に変化させた。何か静かな覚悟を秘めたように、目を細める。
「ある意味、クリスマスにふさわしいものだと思いますよ? 何しろこれは……」
 桐生の細い指がみぞおちの前で組まれた。
 
「僕の、懺悔ですから」