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第一章 青い邂逅―missing you― 5~7

  5

 大広間の高い天井にはシャンデリアが煌いている。円形の広い食卓についたのは、計八人だった。
 草摩は料理に手をつける前に、彼以外の七人を左回りに順々に眺めた。彼自身の左隣には桐生、その次に眞由美、友早という順で続き、その横には佳世、そして慧一。その左側に彼の部下二人が座っている。
「この二人とは私が本庁勤めをしていた頃からの知り合いなんだ」
 慧一はそう言って紹介した。
 一人は警部補で、名前は辰巳(たつみ)(りょう)。均整の取れた体躯の好男子で、年齢は三十六だという。大柄に感じられたが実際は桐生より僅かに背は低い。
 もう一人は女性で、今年三十になるらしい。名前は島原(しまばら)(あかね)。階級は巡査。知的な印象の美人だ。
「最近ずっと泊り込みで仕事をしてくれていたからね。たまにはゆっくり休んで欲しいと思って」
「奥様にはお世話になります」
 島原がそう言い、佳世は慌ててお気になさらず、と取りなした。
「そんなことより、冷めないうちに食べてちょうだい」
 食卓に並べられた佳世の料理は彩り、品数ともに多く、見事なものであった。若い草摩や友早は無論、体格のいい辰巳も素晴らしい食べっぷりを見せる。
 草摩は横目でちらりと桐生の皿を見た。彼の箸の動きは止まったり進んだり、といった風でそれほど目に見えて減っているようにも見えない。
「お前、ちゃんと食えよ」
「食べていますよ?」
「桐生君、草摩君とはどうかね。うまくやっているかな?」
 慧一の言葉に、桐生は振り向いた。
「ええ、草摩君は何かと器用にこなしてくれますので、むしろ生活が楽になりました」
「叔父さん、それ嘘だぜ。桐生は俺にほとんど家事させないんだよ」
 草摩が口を出す。桐生は苦笑した。
「学生さんの仕事は勉強することでしょう? 家事などに時間を割かせるわけには」
「何言ってんだよ、お前も知っての通り、うちの一般教養のやる気のなさといったらだなあ」
「あの、お二人はどういう……?」
 関係を把握しかねた島原に、眞由美が唐突に説明を始める。
「お母さんが七条くんのお母さんと従姉妹同士だったんですよね? 千影さん」
 ――うわ、名前で呼んでるし。草摩が友早の表情を窺うと、諦めたようなため息を零していた。慧一はそれを目敏く感じ取ったのか、
「おや、須藤さん、どうしてご存知なのかな?」
「さっき千影さんにお聞きしたんです」
 眞由美はすまして答えた。
「私も島原さんと同じで、不思議に思ったから」
「そういえば二人とも、親戚って割には似てないよな」
 友早に言われ、桐生は困ったように微笑んだ。
「まあ……、良く言われますね」
「あ、そうだ」
 佳世がぽん、と手を叩いて立ちあがった。
「忘れていたわ。ビールか何か、皆さんお飲みにならない?」
「私は飲むが……、皆はどうかね」
「あ、俺いただきます」
 辰巳がそう言うと、島原も軽く頷いた。
「少しですけど、ご相伴します」
「俺もちょっと。いいよな?」
 友早の言葉に、慧一は苦笑を浮かべて頷いた。
「じゃあ、私も」
 眞由美の返事に続けて、桐生が口を開いた。
「僕もいいですか?」
「千影さん、飲めるんですか? なんか、線細いから弱そう」
 絡む眞由美に、桐生はすらすらと答えた。
「アルコールに強いかどうかは先天的に決まりますから」
「というと?」
 慧一が促す。
「人間が持つアルコール分解酵素は二種類あって、両方とも保有している人はアルコールの体内での分解が早く酒に強いということになります。一種だけしか持たなければ中間産物の毒性にやられてしまう。両方の酵素を持たない場合も、当然ながら酒に弱いということになりますね。日本人には一種の酵素しか持たない方が多いそうですが、僕は両方持っているようなので」
「詳しいですね、えっと……桐生さん」
 辰巳に言われ、桐生は微笑んだ。
「まあ、医師ですから……職業柄ね」
「え?!」
 辰巳が驚いたように顔を強張らせる。
「僕、てっきり別の業界の方かと……」
「業界?」
「草摩君は一応未成年だからな、まだ飲んじゃいかんぞ?」
 と言いつつ、慧一はにやにやと笑っている。大学生の実態など、とうにお見通しというわけだ。草摩は肩をすくめ、グラスを受け取った。

  6

 酒を飲んで饒舌になったのか、慧一は唐突に語り始めた。
「この間、ある若者が通り魔殺人で逮捕された。そいつが言った言葉に、私はひどく衝撃を受けたんだが……」
「ああ、あの」
 島原は顔をしかめた。慧一は頷いた。
「そうだ。『何故人を殺してはいけないのか』とね。何故そんなことに疑問を持つのか、私にはわからない。私の、親友も……」
 慧一はそのまま口をつぐみ、佳世はうつむいた。辰巳も島原も、はっと息を呑む。まさに、草摩の父親は殺されたばかりだ――名も知れぬ、通り魔によって。慧一は草摩を見遣り、頭を下げた。
「すまない……余計なことを」
「いいえ」
 草摩は静かに微笑んだ。父の死をあんなに悲しみ、苦しみ、怒った、それはそう遠いできごとではない。だが、今の彼の心は奇妙に平穏だった。何故人を殺してはいけないのか。滑稽な問いだ、と彼は思う。当たり前すぎて、誰も答えてくれない。そうだとしたら、憐れな疑問符だ。
「何故、人を殺していけないのか、ですか」
「草摩君……?」
 気遣うように呟く桐生に軽く頷いてみせる。自分は大丈夫だ、と言外に告げたつもりだった。たぶん、伝わっただろう。
「人を殺してはいけない理由っていうのは……それで悲しむ人がいるから。誰かが嫌な気分になるから。誰かが誰かを殺すということを、誰かに誰かが殺されるのが嫌だと思う人が多いから。それが――社会のルールになった」
「七条君……」
 眞由美が呟いた。真摯な表情の視線が草摩に集まる。草摩はかえって閉口した。
「悲しむ人がいる……そうですね」
 島原が続ける。
「こういう仕事をしてると、本当にそう思います。殺されたのでなくても、大切な人が死ぬのは悲しいことだもの……」
「そうですね」
 辰巳が同意する。
「桐生、お前はどうなんだよ」
 重苦しい雰囲気が耐え難くなって、何となく草摩は桐生に振ってみた。彼は少し、意外そうな顔で草摩を見返した。
「僕、ですか?」
「ああ、是非聞きたいね」
 慧一がそう言い、桐生は眼を伏せて早口で言った。
「そうですね、生物学的に人類の犯す殺人は正当化され得ないから、というのは答えになりませんか?」
「え?」
 誰ともなく聞き返す。桐生は顔を上げて微笑んだ。
「よく、動物は無用にお互いを殺しあうことはない、なんて人間同士の殺人行為と対比して持ち出されますが、あれは嘘です」
 一同は、よく意味が分からないといった風に彼を見つめる。
 桐生の表情は先ほどから一向にかわっていないが、眼鏡の奥の瞳はどこか冷たく澄んでいる。そのことに、草摩は気付いていた。
「あるイギリス人の研究者がゲーム理論を用いて、ある個体が同種の別の個体と常に戦って生きていくとき、その個体が得る得点の期待値を計算したんだそうです。この場合、得点というのは勝ち負けをそれぞれプラスマイナス一点と考えた場合ですね」
 皆、桐生の言葉に耳を傾けている。
「その場合、個体の得る得点はマイナス二点。つまり、負けてしまう場合のほうが多いんですよ。計算の仕方はちょっと分かりませんが……とにかくそうなるんだそうです」
「じゃあ、戦わない場合は?」
 草摩の問いに、桐生は答えた。
「その場合はプラス十点。明らかに生きのびる確率が増えます」
「それが、先程の問いとどう関係するのかね」
 やや苛立ったような慧一の声に、桐生は落ち着き払って答える。
「ええ……、ですから動物は種のためなどではなく、自己の保存のために同種の個体とは戦わないんですよ。ただし、それは大人同士の場合です」
 桐生は額に零れかかってきた前髪を軽く直した。
「ご存知ありませんか? ライオンは、オスが他のオスの子供を殺すんですよ」
「え……!」
 佳世が口に手を当てた。
「さっきの話と矛盾しませんか?」
 辰巳に尋ねられ、桐生は首を振った。
「大人は子供に負けることはないでしょう? だから自分が勝つ確率は限りなく一に近い。自己の保存に支障を来たすどころか、むしろ逆なんです」
「…………」
「実際、種の保存にはあまり適さない行為ですよね。ただ、自己の遺伝子の保存のためには、他のオスの子供に生き残ってもらっては困るんです。人間以外の動物の場合、あるテリトリー内に生きていける個体数は大体決まっていますから。つまり、動物の子殺しは残酷なように見えますけれど、彼らなりの大義名分はあるんですよ。そもそも彼らに残酷なんていう概念はありません」
「…………」
 圧倒される皆を眺め、桐生はにっこりと微笑んだ。
「でも、人間にはそんな大義名分がないでしょう?」
「だから殺してはいけないと……?」
 慧一は呟いた。桐生は軽く頷く。
「動物の持つ大義名分は、遺伝子に基づくものです。だから、彼らの子殺しの行為は、ある意味生命というシステムに組み込まれた行為であるとも言えるでしょう。ですが、人間の場合にはそんな理由付けはあり得ません。人の生命を存続させているシステム――生物学的にも社会学的にも、それらを沈黙させられるほど強力な殺人の動機など、存在しないんです。敢えていうなら、殺人行為によって人は罪に問われ、少なくとも拘束されてしまいますから、自己の遺伝子にも不利益をもたらすことになりますよね」
「でも他人の遺伝子を残す障害になって自己には利益がもたらされるかもしれないとか、そういう理論は成り立たないかしら?」
 心配げに佳世は尋ねるが、桐生は首を横に振った。
「人間は社会性を持つ生きものです。社会の構成要員が減ることは決していいことじゃありません。それに現在の人間が、他人の遺伝子の増殖を阻止してまで自己の遺伝子を残さなければならない状況でしょうか?」
 桐生は一度食卓についている一同を見回した。
「大前提として、生命の存続は断ち切られるべきものではありません。生命とは存在すること、いえむしろ存続することが本質で、価値です。無論それは永遠ではありませんが、存続する限り生命は価値を生みつづけ――自然に訪れる死は、それすらまた価値です。生物界での物質の循環、という意味でも」
「…………」
「自然にもたらされる死は存続出来なくなった生命に訪れるものです。もしくは存続しても価値を生めない、ということですね。次世代の生命を生めない、育めない、他の生命に対して有形無形の恩恵を与えられない、経験を授けられない、など……まあ、お分かりいただけると思いますが、そういうことです。しかし、まだ存続出来得る生命が抹殺されれば、その生命が既に生み得る価値そのものが消えてしまいます。その損失はどうやって埋められますか? 殺人者はそのロスを埋め合わせるほどの動機を持っているのでしょうか? それは彼が失わせた生命による恩恵を受けるべきだった人々を納得させられるほど強いものでしょうか?」
 草摩は黙って耳を傾ける。桐生が無機的な話を進めることで、草摩は自分が慰められているかのように感じられた。
 父さんはまだ存在すべき人間だったのだ――だから、父さんを殺した人間は許せない。
「……随分な理屈だ」
 慧一が引き攣った笑いを浮かべた。桐生も応えて笑う。
「ええ、極論です。あまりこういう観点で論じる方はいらっしゃらないようですから、敢えて言いましたけど」
「でも筋は通っているような気がしますわ」
 島原が頷く。
「道徳的な方面から言い出すとなかなか難しいと思うんですよ」
 桐生は肩をすくめた。
「『君は殺されてもいいのか』と聞くのは一般的ですが、少し低級な気もしますね」
「低級とは、どういう意味です?」
 佳世に尋ねられて桐生は答える。
「『されたくないことはするな』というのは、自分本位でしょう。人の背負う事情は様々です。自分は構わないと思う言動が他人を傷つける、というのは良くあることですね。自分や自分の価値観を基準とするのではなく、相手の個々の事情を推し量ったり知ろうとしたりしながら対人関係を築くのが、コミュニケーション能力を持つ人間ならではの行為ではないですか?」
「全くだね」
 辰巳が頷いた。桐生は草摩の方を見て微笑んだ。
「でも、僕は草摩君の意見に賛成ですよ」
「…………」
 草摩は少し照れくさくなって、眼を伏せたまま軽く頷いた。
「そういえば慧一さん、捜査はどうなっています?」
 佳世に声をかけられ、慧一は軽く苦笑した。
「おいおい、情報の漏洩はまずいよ」
「警察の方も多いじゃありません? 少しくらいはいいでしょう? 気になりますの。……兄の死に関わっているという話もありますし」
 妻の真剣な瞳に、慧一もほだされたようであった。
「念のために言うが、他言は無用だよ」
 慧一はそう言って、「オリーブの恵」がらみの事件について喋り始めた。

  7

 そもそも「オリーブの恵」が世間の注目を集めるようになったのは、ある芸能人が入信を公表してからだった。その芸能人は女性で、最初の結婚では夫から暴力をふるわれてすぐに離婚となり、二度目の結婚では夫に浮気をされた。彼女自身の両親も不和で離婚しているといい、つくづく家庭の幸福というものには恵まれない人ではあるらしい。
 彼女のように、世間で不幸な目に遭ってきた――もしくは不幸な目に遭ってきたと思い込んでいる人々が集まり、信者はこのN県の山間にある本部や全国各地の支部で共同生活をしているという。
 表沙汰になっている教祖の名は、緋宮(ひみや)(きょう)。教団の中では巫女とも呼ばれているらしい。
「彼女は『何か』の言葉を伝える役割なんだ」
 慧一はそう言う。
「その『何か』が、本当の教祖らしい。信者たちの話を時折その教祖が聞いて……そしてその言葉が、巫女を通して信者に届けられる。よくは知らんが、信者たちはその言葉をもらうことを至上の喜びとするそうだ。この辺までは最近わかってきた。ただ、教祖が誰なのかが分からない」
「具体的に、教団はどういう犯罪に関わってるわけ?」
 友早の問いに、慧一は困ったように眉を潜めた。
「うん……、それがだね、まだ確証の持てる容疑がないんだ。あったらさっさと強制捜査できるんだが」
「疑われているものは?」
 草摩の問いには、慧一に代わって辰巳が答える。
「良くあるやつだよ。脱走者の拉致監禁とか、詐欺とか」
「でも、さっきリンチがどうとか友早に聞きましたけど」
 草摩が食い下がると慧一は軽く友早を睨んだが、
「それは、警察に駆け込んできた信者が言っていたんだ。そのときは混乱していたし、今も衰弱しているようで、まだちゃんとした証言がとれていない。さっさと動きたいのはやまやまなんだがね」
 そう言ってため息をついた。
「上が慎重なんだっておっしゃっていましたね、本部長」
 島原の言葉に、慧一は重々しく頷いた。
「まだ七条君の方の捜査も続いているし……」
 はっと草摩が顔を上げる。そういえば佳世も先ほど言っていたが、教団は父の死に関係しているのだろうか。
「それもまさか、教団がらみで……?」
「確証はないが……」
「七条さんは、教団から脱退したがっていた人たちの保護に動いていましたね」
 静かに口を挟んだ桐生の言葉に、慧一は目を見開いた。
「それは本当か? いや、そもそもどうしてそれを君が……?」
「ええ、知っていますよ」
 草摩も驚いて桐生を見つめる。
「俺も知らなかった……」
 桐生は控えめに微笑んだ。
「七条さんは遺言で、僕を草摩君の保護者にすると書き残していたでしょう? あれが書かれたのはそう前のことじゃありません。何故か警察組織はなかなか動こうとしなかったけれど、『オリーブの恵』に彼個人は早々に目をつけていた。きっと身に危険が及ぶのは覚悟の上だったのでしょう。彼が本部長になってすぐくらいに、僕に電話があって……、一度お会いして話を聞いているんです」
「……知らなかったな」
 慧一は唇を噛んだ。
「知っていれば、私も加勢してやれたものを……彼を刺殺した犯人までみすみす取り逃がしてしまうなんて」
「…………」
 草摩は眼を伏せ、父親の面影を脳裏に浮かべる。
「さあ、そろそろ食卓を片付けなくては」
 佳世が明るい声でそう言った。
「慧一さん、手伝ってくださいますわね」
「ああ、勿論だとも」
「僕も……」
 と腰を浮かせかけた桐生に、佳世は首を横に振った。
「桐生さんはお客様ですから。草摩君もよ」
「あの、本部長」
 困ったように呼びかける部下二人にも、慧一は座っているように言う。
「今夜はせっかくのオフだ。ゆっくり休みなさい」
 言われて二人は顔を見合わせる。
「あ。そうそう」
 桐生は鞄の中からごそごそと何か取り出した。
「ここに来るまでのサーヴィスエリアで、トランプをいただいたんですよ」
「そんなの出すなって」
 草摩の言葉も聞かず、桐生はその紙製のトランプをテーブルの上に置いた。
「ポーカーでもしませんか?」
 桐生の提案に、眞由美と友早、辰巳がのる。島原と草摩は傍観者に徹して、それぞれが座を占めた。

 桐生の長い指がカードを切り、配る。その指先を見遣っていた辰巳が、口を開いた。
「桐生さん、独身ですか?」
「ええ、まあ」
 桐生は曖昧な笑みを浮かべる。彼はそう問われることに慣れていた。辰巳の左手の薬指にはリングが嵌っているから、結婚しているのだろう。
 辰巳は続けて、草摩の予想通りの質問をする。
「恋人はいらっしゃるでしょう?」
「どうしてそう思うんです?」
「いや、女の子たちがほっとくわけはないだろうなあと思って」
「そうそう、みんな外見に騙されちゃうんだよな」
 草摩の言葉に、桐生は心外そうに眉をひそめる。
「何の話ですか?」
「別に? お前って中身は相当変人だからさ」
「僕って変人ですか?」
「自覚ないのかよ」
「自覚も何も……あ、すみません」
 桐生は向き直って自分のカードを見せた。
「フルハウスです」
「…………」
 草摩と桐生のやりとりを側で聞いていた眞由美が、くすくす笑いながら口を挟んだ。
「二人とも、仲が良いんですね」
「どこが?」
 怪訝そうな顔になる草摩に、島原までもが言う。
「そうね。喧嘩するほど仲が良いのよ」
「そうだと良いのですがね……」
 桐生が端正な顔を苦しげに微笑ませる。それは、草摩が見たことのない桐生の表情だった。
「桐生?」
 草摩の呼びかけには答えず、桐生はカードを伏せて立ち上がる。
「僕、そろそろシャワーを浴びようと思うのですが。部屋は一体……」
「隣りのキッチンに母さんがいるから、声掛けてよ。案内するって」
「ああ、すみません」
 友早の隣で眞由美も立ち上がった。
「私もいったんお部屋に戻ろうかな。友早はどうする?」
「眞由美も? ……じゃあ俺もそうしようか」
「またこっちに戻ってきます」
 眞由美と友早も軽く会釈して場を離れる。残された三人は、続いてゲームをするでもなく食卓に座った。
「あらあら、一気に減っちゃったわね」
 島原が首を傾げて笑う。
「あの眞由美さんっていう子。すごく桐生さんが気になってるみたいね。ずっと見てたじゃない」
「友早の彼女なのに……」
 草摩は困ったように額を抑える。
「でも、本当に桐生さんって付き合ってる人いないの?」
「島原巡査も気になる?」
 辰巳の冷やかしの視線にも顔色を変えず、島原は首を横に振った。
「そうじゃありません」
「俺も、詳しくはわかんないですよ。一緒に暮らし始めたのだってほんと最近だし……」
 ――きっと、あいつが俺を理解している度合いに比べたら、俺があいつについて知っていることなんてたかが知れているんだろうな。
「…………」
 眼を細めて複雑な表情を作った草摩に、島原は声を掛けあぐねて黙った。
 やがて、扉が開き慧一が入ってきた。スーツからラフな服装に着替えている。
「本部長」
 島原の声に、慧一は軽く頷いてみせた。
「さっき二階で友早たちに会ったよ。……それにしても、友早が彼女を連れてくるとはねえ」
 慨嘆する調子の慧一に、辰巳は苦笑する。
「友早君も二十歳なんですから。特別早いわけでもないでしょう」
「親にとっては、子供はいつまでも子供なんだよ」
 慧一はお決まりのようにそう答えた後、悪戯っぽく微笑んだ。
「せめてもの嫌がらせとしてね、友早と須藤君の部屋は遠ざけてあるんだ」
「え?」
「友早は我々と同じニ階だが、須藤君は桐生さんと一緒で三階なんだよ。さっき私が案内してきた」
「…………」
 何ということか。草摩たち三人は顔を見合わせ、異口同音に嘆息した。