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星に願いを

「明日って何の日だか、覚えてる?」
 突然草摩に尋ねられた桐生は、壁にかかったカレンダーを探した。
「ええっと、明日は七日ですから……ああ、七夕ですね?」
「そうそう」
 草摩は浮かぬ顔でソファに座っている。桐生は首を傾げた。
「それがどうかしましたか?」
「今日さ、郵便局に行く用事があって。病院内のに寄って帰って来たんだけど、その時……」
 草摩はふと口をつぐみ、天井を見上げた。色素の薄い彼の瞳が、蛍光灯に照らし出されて黄金色に輝く。
「笹が飾ってあったんだよな」
「ああ、小児科の先生方が毎年作っておられるやつですね」
 桐生は微笑んだ。
「研修医だった頃、僕もお手伝いしたことがあります」
「うん……たくさん短冊が吊るしてあって、思わず見ちゃったんだけど」
「ええ」
「……場所が場所だから、やっぱり病気が治りますように、みたいな願いが多いじゃん? でもさ」
 草摩は俯いた。
「病院って入院したひと全員が元気になって帰れるわけじゃないだろ? 短冊を書いたひとみんなの願いが叶うわけでもない」
「……そうですね」
「だから、なんかつらいなーって思って……」
 草摩は語尾を濁し、桐生を見遣った。桐生は穏やかに微笑んでいる。
「お前は、今でもつらい?」
「そりゃあ、つらいですよ。手術の時に病理から悪性の診断が返ってくると、たとえ術前に予測していてもやはり残念ですし。患者さんやご家族に説明するのだって、つらいことです。最期を看取るのも、未だに慣れません」
「……そっか」
「でもねえ、草摩君」
 桐生はゆっくりと言った。
「僕ら医者は、星ではないんですよ。あくまで人間なんです。七夕の日に皆が願いを掛ける、星にはなれない」
「…………」
「僕らもやっぱり、願う側で……願いが叶わないこともある」
「……うん」
「小児科の先生方だって、そのことはいやというほどご存知ですよ。特に大学病院の小児科は、悪性腫瘍の患者さんが多いですからね」
 桐生の語るその横顔は、草摩がふだん良く知っているものとは少し違っていた。病院での彼は、このような表情をしているのかもしれない。
「それでも彼らは毎年笹を用意して、皆で一緒に短冊を作る」
 桐生が振り向いた。草摩を見て、笑う。
「僕はそういうの、好きですけどね」
「……そりゃあ、イベントがあった方が入院生活も和むだろうけど」
「そうでしょう?」
 桐生は少し目を細めた。
「僕もあれを目にするたびに願うんですよ。短冊の願いが全部叶うようにって。あり得ないとわかってはいますけど……それでも、やっぱりね」
 医師は時に願いを叶え、時に願いを打ち砕く。それは、自分たちにはどうすることもできない現実。それでも――星に願うことくらいは、許されても良いはずだ。星にはなれぬまま地上でもがき続けるものとして、時に祈りを託すことくらいは……。
「明日、晴れるといいな」
 草摩がつぶやく。桐生はうなずいた。
「ええ、そうですね……」

 ――次の日。桐生家の窓から覗く青空を背景に、ててるてる坊主がふたつ、並んで揺れていた。