instagram

第四章

  1

 一貴は不思議そうに首をかしげた。
「お前の両親はARMADA勤めやなかったやろ?」
「私設研究所だけどね、結びつきは強かったんだよ」
 邑悸は苦笑した。
「ARMADAに『BGS』を管理するよう進言したのは僕の両親だ。僕を研究していて、彼らは『BGS』がいい兵器になると思ったらしい」
「……何やて?」
 一貴の声が押し殺されたものになる。
「自分の子供やろ?! それを兵器やて?!」
「まあ、ちょうどいい実験対象だったんだろうな」
 邑悸は淡々と言葉を紡ぐ。
「父母は僕に強くなれと言った。『BGS』としての運命に負けるなと。だから、武術も一通りやったし、勉強も熱心にした。それが何のためかも考えないで、ね」
 邑悸は何かを懐かしむように目を細めた。その目に映るのは、何も知らなかった頃の自分だろうか。
「僕は勘違いしていたんだ。父母は僕が『BGS』だということは対外的には隠していたから……僕が強く生き抜いていけるよう願ってくれているんだと……世界中に疎外されていたって、僕は父母にだけは愛されているんだと、そう思っていた――十三歳まではね」
「ほんまのこと知ったとき、お前は……どないしたんや……?」
 確か、匡子博士は言っていたのではなかったか――邑悸の両親の死因には不審な点が多いのだと。
 ためらいがちに問う一貴に、邑悸は笑みを向けた。優しい微笑み。だが、その目は少しも笑っていない。口角が僅かに引き攣っているのを、一貴は見逃さなかった。――なんて苦しい顔をするんや、邑悸……。
 やがて、邑悸はぽつりと言った。
「殺した」
 感情の見えない声音。
 凍りつく一貴をよそに、邑悸は淡々と話を続けた。
「表向きの死因は焼死ということになっているだろう? 本当は僕が殺したんだ」
「…………」
 一貴は絶句した。
「君は分かるかい? 唯一心から愛し、信じていたものにずっと裏切られ続けていた……それを知ったときの僕の気持ちが。さすがに痛かったよ。しかも、彼らがしていたことはそれだけじゃなかった」
 笑みを貼り付けている邑悸が、一貴は酷く哀しい。
「彼らは幾人かの『BGS』を研究していたみたいだけど……僕のPSY指数とPHY指数はずば抜けていた。『兵器』には最適な素質だったのさ」
 一貴はびくん、と顔をもたげた。確かに、邑悸のもつ運動能力、知性の高さを一貴は良く知っている。――そして彼はもう一人、同じような特性を持つ「BGS」を知っていた。
「ちょっと待ってや。確か、レイも……」
 続きの言葉は喉の奥に絡まったようになって、口から出てこない。
 邑悸はうっすらと微笑んだまま、まるで昔話を読み聞かせるような調子で語り続けた。
「彼らは、禁じられていた胎内診断で、『BGS』だと分かった受精卵に遺伝子操作をし、僕のPSY指数とPHY指数を受け継ぐような、そんな子供を作り上げようとしていた。いや」
 首を横に振り、
「実際、プロトタイプを既に作っていた。それが――」
「レイ、か……?」
 無言の肯定。
 磨かれた黒曜石のような、レイの瞳を思い出す。どこか空虚で、奥深い……そこに湛えられていた秘密の色は、こういうことだったのか。
「彼女の指数は、かつて計測された僕のものと酷似している」
「そうか……それで……」
 一貴は憂鬱な表情で呟いた。
「レイはまだ、そのことを知らんのやな……」
「ああ……でも、いつかは言わなきゃいけないと思っている」
 邑悸は少し躊躇いがちに、それでも優しく微笑んだ。
「……せやな」
 邑悸の顔を彩るのは、先ほどまでの人工的な笑みではなかった。邑悸には珍しい、少し気弱げで寂しげな表情――それは彼の心の底から生まれたものなのだと、一貴にはわかった。
 邑悸はレイを傷付けたくはないのだ。そのことが分かっただけでも、少しは安心できる。
「さて」
 邑悸の表情が一変し、冷徹なそれへと変わった。
「問題は君だ」
「俺……?」
「だって、君だけなんだよ? 僕に関する真実を知っているのは」
 デスクの引き出しから銃を取り出した彼は、一貴にぴたりと銃口をつきつけた。
「返事次第では、僕は君を殺さなければならない」
「何の返事や?」
 一貴は背筋に冷たい汗が伝うのを感じながら、つとめて冷静に言った。
「僕が……僕の目的を遂行するまで、僕の邪魔をしないっていう約束をして欲しい。無論、僕は口約束なんか信じないけど……それでも、何もないよりはましだ」
「目的……?」
 一貴の口の中はからからに乾いている。
「詳しいことは言えない……だから、僕に全面的に協力すると言ってくれればいい。君の頭脳は惜しいんだ」
「…………」
 一貴はしばらく邑悸を見つめていたが、やがて首を横に振った。
「俺は……お前が気に入ってんねん。邑悸」
 呟くように訥々と語る。
「せやからこそ……約束はできん。お前の言ってる事がおかしいとか、間違ってるとか思たら、正直にそう言わしてもらう。全面的に協力はできんかもしれん。それでお前が俺を殺すんなら……それは仕方ないわ」
 悲しげに笑って、一貴は続ける。
「お前は同情なんか嫌いやろから、俺はお前の過去を知っても同情はせえへん。それは、お前を馬鹿にする事になると思うからな。俺はお前の『強さ』もよう知ってるつもりや。けど、俺は……お前の『強さ』が、めちゃ痛々しいわ。それはレイも一緒や。レイだけやない。『BGS』はみんなそうや。自分の『強さ』で自分を傷つけてる。そんな気いする。俺は……そんなん嫌や。それが嫌やから、俺はここでこうやって働いてる。これからも働く。それではあかんか?」
「…………」
 邑悸はじっと一貴を見つめ――やがて、銃を降ろした。
「君らしい答えだね。今はそれで十分だ」
 ようやく、彼はいつものように微笑んだ。
「君は意外と口が堅い。それに、僕も君のことは気に入っているんだ」
「そりゃ光栄や」
 一貴はふっ、と息を吐き出した。汗はまだ引かない。
「君はたいしたものだな。もう少し焦るか怯えるかするかと思ったけれど」
「お前がもしほんまに俺を殺すつもりやったら、あんなまだるっこしいこと言わんと速攻で俺を殺してたはずや。お前は俺を殺すつもりはなかった。ただ、殺さんでええような、口実が欲しかったんと違うんか?」
「……まあ、そうかもね」
 邑悸は曖昧に濁すと、銃を同じ場所へと仕舞い込んだ。
「で……結局お前がレイに拘る原因ていうのは、さっきのあれか?」
「そういうこと、かな」
 曖昧に濁そうとする邑悸に、一貴の疑惑の視線が刺さる。が、彼はいつもの通り、その視線をものともせずに笑顔で躱した。
「切り札を全部見せちゃうのは嫌いなんだ。これでも随分譲歩したんだよ?」
「肝心の目的はちっとも明らかにしとらんくせに」
「まあまあ。そろそろレイたちが帰ってくる頃だから」
 ――ちょうどアラームが鳴った。彼はデスクの上に手を伸ばし、接続をオンにする。
“邑悸チーフ、硫平のチームが帰還します”
 どこか重苦しいオペレータの声。邑悸は眉を寄せた。
「何かあった?」
“ナンバー十八……椿=水沢が任務中に殺害されたとの報告が”
 一貴が息を呑む。邑悸は瞑目した。
「…………」
 先程のレイの痛みの原因はこれだったのか、と――邑悸は深く嘆息した。

 
  2

「すみません! 俺のせいです!!」
 邑悸と顔を合わせるなり、硫平はそう言って頭を下げた。眼には涙が浮かんでいる。彼はきつく食いしばった歯の間から呻いた。
「俺が……俺が指示をミスったせいで椿が……!」
「君のせいではない」
 邑悸は穏やかに諭す。
「ある程度危険な任務になることはこちらも承知していたし……指示が徹底していなかったというのならば、それはむしろ僕のミスだ」
 他の少年たちもそれぞれ沈痛な面持ちを見せていた。仲間が殺されるという事態――それは彼らにとって想定外の出来事だったのだろう。
 当然だ。ドラッグができるまで、人を殺せるのは彼ら「BGS」だけだったのだから。
 今は違う。それは頭では分かっていても、やはり実感としては持ち辛かったはずだ。――今回こうして突きつけられるまでは。
 邑悸は改めて彼らを見渡し、首を傾げる。だが、実は初めから気付いていた。そこにいるべきはずの少女が、ひとり見当たらない。
「レイはどこに?」
「レイ……は」
 セルマが重い口を切る。
「プラントにいた者を、戦闘不能者に至るまで全員殺害して――」
「その、俺たちがレイに椿を任せて地下に行っていた間なんですけど」
 と、硫平が付け足す。
 邑悸は静かに話を促した。
「……それで?」
「それから一言も口を聞かないで……椿の遺体を安置している部屋にいます。離れようとしないんです」
「……そうか」
 邑悸は目を閉じ、つぶやいた。レイの心の痛みが――じくじくとした疼きが、伝わってくる。
「任務外の殺人や傷害は重大な処罰対象ですよね? この場合はそれに当たるんでしょうか?」
 硫平がレイを気遣う。邑悸は首を横に振った。
「今回の場合は任務内だ。目の前で友人が殺害されるのも、特殊なケースだし」
「邑悸チーフ」
 ウィリアムが顔を上げた。他の三人と同様蒼ざめているものの、細い眉は毅然とした様子を保っている。
「教会の幹部らしき者がホログラムでこちらに接触してきました。一応、ご報告しておきます。カイル=エル=ムードと名乗っていました。映像は録画済みです」
「分かった。後で詳しく聞かせてくれ」
 邑悸は彼らに向き直った。四人の顔を順々に見つめる。
「とりあえず、今日は医師の診察を受けたらもう休みたまえ。疲れているだろうし、精神的なショックも大きかっただろう。必要ならカウンセラを派遣するから、センターに連絡して」
「はい」
「とにかく――ご苦労様」
「失礼します」
 身を翻し、歩いていく四人を見て、邑悸は小さくため息を吐いた。
「あとは、レイか……」

  3

「ごめんなさい」
 レイは膝を抱えて床にうずくまっていた。目線と同じ高さに寝台が有り、椿の遺体が寝かせられている。彼女の体は、白い布に覆われて見ることはできない。
「ごめん、椿……」
 何を謝っているのだろう。目の前で倒れた椿に何もできなかったこと? 最期まで必死でレイに語り掛けていた彼女に、何も言えなかったこと? 椿が死んでから、自分が少しも泣いていないこと?
 ――それとも。それとも……。
 暗い部屋の扉が音も立てずに開き、光が差し込んできた。漆黒の闇に閉ざされていた部屋に明りが点けられ、再び扉が閉まる。足音が近付いてくると同時に、耳慣れた声がした。
「レイ」
「邑悸さん……」
 顔を上げたレイの眼に、腕に白いコートをさげた邑悸が映る。
「ここ、寒いだろう。風邪を引くよ」
 彼のものであろう、サイズの大きなそれを背中から被せられた。レイの鼻孔をかすかに甘い、爽やかな香りが掠める。邑悸の使う香水か。――何故か、懐かしく感じた。
「…………」
 邑悸は黙って彼女の横に腰を下ろした。レイは俯いて冷たく光る床を見つめている。その目を見た邑悸は僅かに息を呑んだ。
 暗い瞳。それはまるで、「あの時」の彼自身のようだった。