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第二章

  1

 ドラッグ製造所と見なされるプラントの摘発、廃棄。「BGS」たちにとって、これほど大規模な制圧任務は初めてであった。今までは強盗犯等の捜索や逮捕、牽引が主であり、最近では時折凶悪犯、殺人犯と目されたドラッグ服用者の確保が任務となることもあったが、それはごく少数でしかない。また、そういった任務につく者は非常に限られていて、それは硫平を始めとするU-20チームの中でも比較的年長の者たちだった。
「今回の任務で相手にする奴らは皆ドラッグによって汚染されていると思って。攻撃してくる素振りを見せたらすぐに狙撃を」
 先日退院したばかりの邑悸が、そうとは見えないほど毅然とした姿で、資料を片手に説明している。
 小会議室の中には七人の「BGS」がいた。チームリーダーである硫平=鈴摩。今回ターゲットとなる建造物の特定には、彼が春樹と協力して行った調査が大きく貢献している。チームメンバーは、以下の六人。レイ=白瀧。椿=水沢。セルマ=ランティス。小蘭=龍。エイブ=サリバン。ウィリアム=バートン。人数の多少は問題にはならない。彼らはU-20の中で最も能力の高い者たちであり、彼ら以外にこの任務につく条件を満たす者はいない。邑悸はそう説明した。
 それからさらに二時間ほどをかけて一通りの指示を終え、最後に尋ねる。
「質問は?」
 七人の緊張した面持ちを見回して、質問がない事を確認する。
「みんな、くれぐれも気を付けて」
 邑悸はそう言って締めくくった。そして、不意に思ってはいけないことを思った。数時間後、ここに再び七人が揃うことはできるのだろうか。――誰も、欠けることなく。
「…………」
 黙って邑悸を見つめていたレイが、不意に小さく身震いをした。
「レイ?」
 その様子を敏感に察知した椿が、気遣うように声を掛ける。
「……何でもない」
 呟いて目を伏せたレイは、自分の左手で右肘をぎゅっと掴んだ。
 ――嫌な予感がする。胸を締め付ける痛みの正体も分からぬまま、それを落ち着けようとするかのようにレイは浅い呼吸を繰り返した。

  2

 夕闇が迫り来る頃、硫平ら七人はプラントの門の前、植え込みの茂る死角に姿を潜めた。上空では軍用ヘリが無音でホバリングしていて、彼らの任務終了の連絡、あるいは緊急信号を待っている。
「結構大きいな」
 プラントを見上げた硫平は、小さく呟いた。彼らの高等部の講堂よりも少し大きいくらいか。物陰にうずくまったまま、見張りの人数を確認する。
「外を歩いているのは二人だけみたいだ。騒がれる前に捕縛しよう」
 硫平の言葉を聞いたセルマとエイブがお互いに目配せをし、見張りたちに素早く近付いた。
 声を出す間もなくセルマに倒される一人、もう一人は何か武器を取りだそうと懐に手を突っ込んだその隙に、エイブの手刀を首筋に受け昏倒した。
 ――そして、七人は行動を開始する。

 金属の材質の扉には南京錠が降りていた。地上に確認されている出入り口はここだけだ。
「古風な錠前だな」
 硫平は呟きつつ、鍵を銃で撃ち抜いた。サイレンサー付の銃は音も立てずに金属錠を破壊する。観音開きの扉を押し広げ、彼の左右で六人が銃を構えて辺りに目を配った。もはや姿を隠す必要はない――ただ制圧するのみ、である。
 硫平は目ざとく辺りに目を配った。一見ただの倉庫のようだが、奥に通路と地下に降りる階段が見える。おそらくはそこにドラッグ製造の設備があるのだろう。中に居る男たちの人数はざっと二三十人で、十分彼ら七人が相手できる人数だろう。硫平は声を張り上げた。
「違法ドラッグ製造の容疑でこのプラントを摘発する! 投降したものに危害を加えるつもりはない! 武器を捨てろ!」
 天井の高いプラントの中で彼の声は高々と響き渡った。一瞬の静寂の後、
「ARMADA?!」
「まさか!」
 悲鳴のような焦燥の声が辺りを支配し、全員が思い思いの戦闘態勢を取った。やはり投降する気はないらしい。
 ――しかし、硫平はその中の一人に視線を止めた。その場に似つかわしくない聖服を着た男が、平然と佇んでいる。栗色の長い前髪の下から覗く碧眼は笑みを浮かべてすらいた。
「……やはり来ましたか」
「誰だ? お前」
 硫平に銃を向けられても動揺する様子すらない。
「カイル=エル=ムード。この辺りの教会をまとめる大聖堂の、大司教を勤めさせていただいております」
 慇懃に言うと背後の男たちを押し留め、礼をした。
「…………」
 レイは彼を見つめる。先ほど感じた胸騒ぎは、彼の出現によって一層強まったようだった。

  3

「大司教……だって?」
 硫平は警戒して目を細めた。
「貴方がたARMADAの『BGS』にこうしてお会いするのは初めてですが……いやいや、なるほどよく調教されている」
「何だと……?」
 小蘭が口の中で小さく呟く。それは明らかに怒気のこもった声だった。
「ARMADAの情報網を持ってすれば、ここを割り出すのはたいして難しい事ではないと思っておりました」
 カイルは温和な笑みを見せる。
「ですから……私自ら、こうしてお待ち申し上げていたのです」
「まだるっこしいな。何が言いたい?」
 警戒を緩めない硫平に、
「貴方がたは思った事はありませんか?」
 ふわり、と両手を広げてカイルは問う。
「自分達はARMADAに利用されているのではないか――と」
「どういう事だ?」
「え?」
 セルマと椿が同時に問い返す。カイルは掌を自らの胸に押し当てた。
「教会は常々心を痛めております。『BGS』がARMADAに――いえ、むしろ邑悸=社という男個人に利用されていることを」
 邑悸の名が出た事で、七人の表情がより攻撃的に変化した。――自分の信頼感は、ARMADAに対してのものというよりは邑悸個人に向けられている。それは硫平が春樹に語ったことだったが、硫平だけに限られたことではなかった。
 カイルは彼らの殺気にも似た怒気を、表情も変えずに飄々と受け流す。
「不思議だと思った事はありませんか? 何故ARMADAの中で今や絶対的に上位にある彼が、いつまでも直々に貴方がた少数の『BGS』を指揮しているのか」
「ねえよ」
 吐き捨てるように言う硫平に、だがカイルは笑みを崩さない。
「私は思うのですよ。貴方がた『BGS』は人を殺せるという、他にはない『力』がある。彼はそれを独占したいのではないかと」
「邑悸さんは……」
 その時、レイが静かに口を開いた。
「邑悸さんは、そんなのじゃない」
 小さくはあるが、力のこもった声で。何よりも、絶大な自信を持って。
「レイ……?」
 椿が怪訝そうにレイを見る。こんな風に何かを断言するレイは珍しい。
 カイルはレイの言葉を聞きもしなかったかのような素振りで話を進めた。
「『BGS』の持つ能力が『力』である以上、管理される必要があるのは当然です。ですが、営利企業の一つによって独占的に管理されるのは危険だ。それが市民一般の認識なのです」
「はっ……」
 ウィリアムが嘲笑を漏らした。
「良く言うよ。ARMADAが営利企業だっていうことは確かだが、お前ら教会の組んでるDOOMだって十分営利企業だろ?」
 彼の碧眼が怒気をはらみ、揺らめく。
「教会の教義くらい、俺たちだって知ってるんだぜ。『BGS』のことを神に背く者だなんて言って反感を煽ってるんだよな? ……ふざけんな!」
 ダン! と足を踏み鳴らす。
「自分のやることに責任取れって言われるのは分かる。けどな、生まれつき決まってる遺伝子に責任なんか取れるわけねえだろ!」
「ビル」
 セルマが彼の愛称を呼んで肩に手を置く。荒い息を噛み締め、ウィリアムは肩を上下させた。
 彼の怒声を受けても、カイルは堪えた様子もなくひょいと肩をすくめただけである。
「ええ、ですから……貴方がたが自分の意志で自分を管理できるように……そうしたいと思っているのです。我々は、それが貴方がた『力』持つものの責任の取り方として、最善ではないかと考えているのですから」
 問い掛けるように手をゆるやかに伸ばし、カイルは微笑む。
「本当に、貴方がたは自分の意志でARMADAにいるのですか? ただ、他に居場所がないから……だから思考を停止し、そこに留まり続けているだけなのではないのですか? それならば私たちが別の居場所をご用意致しましょう。自分の意志で自分を管理する、その為には信仰が大きな力を持つと思うのですよ……」
「いい加減、立体映像(ホログラム)で話すのはやめたらどうだ」
 エイブが冷静な口調で呟いた。
「目障りだ」
 固い音を立て、床の一部が壊れる。セルマの放った銃弾が立体映像を映す装置を破壊したのだ。同時にカイルの姿も消える。
「ホログラム……か」
 ウィリアムは息を付き、拳を固めた。
「あの野郎……ナメた真似を」
「あいつのことはとりあえず置いとけ。任務が先だ」
 周りにいた男たちが、カイルが消えると同時に包囲網を狭めてくる。
「行くぞ!」
 硫平の言葉を合図に、七人は散開した。