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第五話 オマジナイ

 コートを着てきて良かった、と七星英は目の前に落ちる自分の長い影を眺めながら思った。昼間はだいぶ暖かくなってきたが、やはり朝晩は冷え込む。さすがにマフラーはしないようにはなってきたけれど。
 友人たちとは既に別れている。このまま真っ直ぐに帰宅するか、それとも――。
 ちらと迷った時、突然影が勝手に動いた。彼女の動かしていない右手を、影だけがひらひらと振る。英は顔をしかめ、立ち止まった。驚きはしない。今更、こんなことでいちいち驚いてなどいられないのだ。
『今日は来ないの?』
 その声にも、もちろん聞き覚えがある。低く艷やかな、若い男のものだ。
「ん……そうね」
 英はぼそりと答えた。誰かに見られたら独り言をつぶやく怪しい女子高生になってしまう。
『そう言わず、おいで? プリン奢ってあげる』
 思わず気持ちが揺らいだ英だが、ぶんぶんと首を振った。
「やだ。最近おやつ食べ過ぎで太ったの」
『そう? そんなに気にするほどじゃないと思うけど。それに』
 くすくすと笑う「影」。
『少しくらい柔らかい方が美味しそうだし、好みだね』
「あんたの好みに合わせる気はないわよ」
 英は苛立ちを隠そうともしないが、相手の方はというと少しもそれに頓着するような様子はなかった。これもまた、いつものことだ。
『まあ、冗談はこの辺にしておいて』
 影が形を変える――彼女を招く「悪魔」のものに。
『おいで。君に拒否権はないよ』
 嘲笑うようなその調子に、英は眉間に深いしわを寄せたまましぶしぶと頷いた。

 ――この街には悪魔が棲む。ひとの願いを叶える代わり、その代償としてそのひとの何かを喰らってしまう悪魔が。
 七星英は少し前、兄の命と引き換えに、自分をまるごと差し出すことを選んだ。悪魔の眷属、手下、奴隷、非常食、散々な言われようではあるが、今のところ特に無理難題は出されていない。泳がされているのかもしれないし、或いは悪魔は――櫟原は自分の「餌」を彼女に見せつけて楽しんでいるのかもしれない。その節はある、と英は思う。櫟原が何を考えているのか、正直なところ彼女にはさっぱりわからないが、とりあえず兄の命を助けてもらった以上、あまり逆らうわけにもいかない。とはいえ、英はそう他人に従順なたちでもない。櫟原の許す範囲で、彼女は彼女らしく生きるつもりである。その境界を、彼女は根気強く探っているのだった。
 櫟原は、ロンドという名の古い喫茶店にいる。お世辞にも、全く流行っていない。悪魔の力で客を集められないの、と英は尋ねたことがあるのだが、何のために? と一蹴された。そんなにたくさんコーヒーを淹れるのは面倒だよ、と彼は言う。上手なのに、と英は思ったが、悪魔を褒めるのも癪なので黙っておいた。事実、櫟原の淹れるコーヒーが英は割と気に入っている。
 英が扉を開けると、カラカラと鈍い音でベルが鳴った。いつも通り、客はいない。
「いらっしゃい」
 奥で微笑むのはとんでもない美青年――まあ、悪魔だもの、姿かたちくらいどうにでもなるわよね、と英は思った。人の好むような容姿を選んでいるのだろうが、そんな手には乗らない。
「あんたが呼んだんでしょ?」
「いつもながら、強気だね」
 くすくすと笑って櫟原はコーヒーの準備にかかる。ブラックは苦手な英のために、彼はいつもラテを淹れてくれるのだ。
「何か用があるんでしょ? 何?」
 英はいつもの席に座り、コートを脱いだ。
「用がなければ呼んじゃだめなの? つれないなあ」
 からかうように片目を閉じる櫟原に、英は舌を出した。櫟原は苦笑する。
「本当、面白いね。英ちゃんは」
 ふわふわに泡立てたミルクをカップに載せ、櫟原はその白い表面をちょいちょいといじった。ラテアートだ。櫟原が悪魔だと知る前から、彼は英のカップに様々なかわいい絵柄を添えるのだ。彼の趣味なのだろうか、良くわからない。今日はハムスターの柄だった。悪魔のくせにかわいい。
 英の目の前にマグカップと約束のプリンを載せた皿を置き、櫟原は彼女を見下ろした。
「今日は聞きたいことがあってさ」
「なに?」
 英は早速プリンにスプーンを突き立てた。カラメルソースが断面に流れ込む。口に入れるとふわりとバニラが香った。――まさか、これも櫟原の手作りなのだろうか。まさか。
「占いとかおまじないとか、君ら女子高生って大好きなんでしょ?」
「一般的には、そうね」
 英はしぶしぶ頷く。自分も雑誌の星占い欄を見たり、朝のテレビで流れる占いコーナーを見たりはする。だが悪魔に憑かれている時点で彼女の運勢など常に大凶のようなものだから、あてにはしていない。
「そう、そのおまじないのうちの一つに、ちょっと厄介なものがあるみたいで」
 櫟原は普段掛けている眼鏡を外し、カウンターの上に置いた。
「誰が広めたのか知らないけど、それって悪魔の力を借りるおまじないなんだよね」
「……は?」
 英はぽかんと口を開く。櫟原は苦笑した。
「驚いた?」
「なんでそんなものが……?」
「さあ? まあ、昔からそういう類の呪術はある。人ならぬものの力を借りるっていうのは何もそう珍しいことじゃなくて、太古の昔からそういった記録はあるし、だからこそプロは『僕ら』との関わり方を心得ている」
 たとえば陰陽師、巫女や神官など神職のものたち、悪魔祓い師(エクソシスト)など。櫟原はすらすらと挙げ連ねた。
「問題は、素人がそういうのに手を出した場合」
「しろうと……」
 英はつぶやく。櫟原は頷いた。
「君はもう知っていると思うけど、僕らは対価がないと動かない。動けない、とも言えるんだけど。世の(ことわり)を変えるためには、それなりの代償が必要なんだよ。力を借りるだけ借りっぱなしっていうのは駄目で、これは貸す側にも言えること」
 鼻腔をくすぐる芳しいコーヒーの香り。櫟原の影が、奇妙に濃い染みを壁に落としていた。
「で、その取り立てを頼まれちゃったわけ」
 困ったものだよね、と櫟原は微笑む。
「頼まれた、って誰に?」
 英は堰を切ったように疑問を次々にぶつけた。
「それに、悪魔ってあんた以外にもいるの? 人ならぬものって? さっきの言い方じゃあ、神様とかも入るの? じゃあ結局悪魔って」
 言葉が途切れた。唇にぴたりと当てられた、櫟原の指先。
「ストップ。君の疑問に応えるつもりはないから、言うだけ無駄だよ」
「…………」
 英は顔をしかめて眼前の彼の手を払った。
「じゃあ何で私にこんな話を」
「ん? いや、君が関わっているとしたら、さっさとやめてもらおうと思ってね」
 櫟原は小首を傾げた。
「君は全部僕の所有物なんだから、別のものと契約して勝手に目減りされちゃ困る」
「……あ、そう」
 英はため息をついた。
「心配しなくても、私そういうの興味ない」
「それなら良かった」
 満足げな櫟原に、英は再度問い掛ける。
「それで、取り立てって……?」
「なに? 手伝ってくれるの?」
「い、いや、それは……」
 顔を引きつらせる英に、櫟原はにたりと笑った。嫌な予感がする。
「じゃあ、代償を決めさせてあげる。君なら何が見合うと思う?」
 櫟原の瞳が、赤く妖しく煌めいた。
「流行ったおまじないの内容は単純でね……まあ、若い女の子が好きそうな話だ。あるものを揃えてあるところにあるものを書いてあることをすれば、特定の相手に好かれることができる、っていう。伏せてばかりで悪いけど、そういうこと」
「はあ……」
 よく分からないが、くだらない、と思った。小学生の頃に流行ったおまじないにそんなものがあった気がする。さすがにこの年になって、そんなものに頼るのも情けないような気がするが……。
 櫟原は目を細めた。彼女の心を読んだのだろうか。
「内容がくだらなかろうがなんだろうが、契約は有効になってしまっているんだよね。どこかからやり方が漏れたのかな?」
「……あんたが、わざと漏らしたわけじゃないのよね?」
 疑う英に、櫟原は目を見開いた。
「僕が? 違うよ」
「どうだか」
「不特定多数との契約は面倒だから、好きじゃない。契約相手をじっくり観察することもできないしね。楽しくないんだ、そんなの」
 櫟原は英の顎を片手で捉えてくすくすと笑った。
「で、何がいいかな? 願った相手に対して本人が持っていたはずの『好意』の方を消しちゃおうか――でもそれだとアンフェアか。おまじないの意味がなくなっちゃうからね。だったら……」
 英は言葉に詰まった。櫟原の赤い瞳はじっと英を見つめている。その昏い光に、英の視界のすべてが飲み込まれていくようだった。
「誰かに好かれたぶん、別の人からは嫌われてしまうことにしようか。どう? それならプラスマイナスゼロでしょう?」
「ん……まあ、そう、かな……?」
 意識がぼやけていく。思考がうまくまとまらない。おかしい、とは思うのだが、どうすることもできない。体が、心が、とろけるように眠い……。
「うん、じゃあそうしよう」
 彼女の顎を、頬をなぞった櫟原の指。それが、彼女の瞼を撫でるようにしておろした。
「『誰かの好意を増したぶん、別の誰かからの嫌悪感が増す』――当たり前のことだよね」
 ふふ、と笑う櫟原の声。
「英ちゃんの周りにも、おまじないを試した人はいるかな? いると思う?」
「わかんない、そんなの……」
 英はのろのろと言う。
「良く見ていて」
 英の耳元で、櫟原は囁く。
「それから――感想、聞かせてね?」
「…………」
 襲い来る眠気に抗えず、英はテーブルに突っ伏す。頭上から降るのは悪魔の笑い声――兄の陽に起こされるまで、彼女はうとうとと眠り続けたのだった。

  ※

 何かがぎくしゃくとし始めた。英はそれを何となく感じるようになった。ひとつひとつは小さな異変に過ぎない。今まで仲が良かった女子たちが仲違いを始め、グループが分裂したり、新しいグループが出来たりした。それは彼女のクラスに限った話だけではないようで、何となく学年全体が落ち着かない空気になっている。
 これが、櫟原の言っていた事だろうか。誰かに好きになってもらう分、誰かに嫌われる、という――。
 まあ、それはそもそも当たり前の話なのだ。誰からも好かれる人間などいない。もちろんいろんな人に好かれるに越したことはないが、誰からも嫌われない人間などいない。利害の対立、性格の不一致、様々な原因から人は人を嫌う。それはある程度仕方がないことなのだ。英にだって嫌いな人間はいる。だが、それをあからさまにしないだけの嗜みは持ち合わせているというだけのこと。櫟原には遠慮なく剥き出しの嫌悪感をぶつけているが、それはまた別の話である。
 それはともかく――落ち着かない。教室のあちこちでちょっとした衝突が起こっている。気を付けていなければ気が付かないような……それでも決して見逃すことはできないような。そんな、異変たち。
 櫟原が「代償」を決定してから、二週間が経った頃だった。
「七星」
 隣のクラスのある男子生徒から声を掛けられたのは、そんなある日のことだった。緒方(おがた)(りょう)、という。――実は、七星が以前櫟原にぽろりともらしてしまった、少し気になる男子とは彼のことだった。まだあの頃は櫟原が悪魔だなどとは思ってもみなかったとはいえ、七星英の一生の不覚である。
 中学の頃に通っていた塾で知り合った緒方とは、以来いろいろと気が合う友人なのだった。……あくまで友人、である。
 英はちょうど校門を出ようとするところだった。英の隣に並んだ緒方は、歩みを揃える。
「ひさしぶり」
「う、うん」
 なぜ、緒方君は私に突然声を掛けたのだろう――英は訝しみながら彼の横顔を見遣る。
「ごめん、急に。ちょっと七星に聞きたいことがあってさ」
 緒方はそう言った。
「聞きたいこと?」
 うん、と緒方はうなずく。見ようによっては無愛想な、言葉少ない彼だが、その大人びた、落ち着いた物腰に英は好感を持っていた。兄の陽もこれくらい落ち着いてくれればいいのに……。
「なに?」
「なんか、たまたま噂聞いちゃったんだけど……女子の間で変な呪いみたいの流行ってるんだって?」
「のろい?」
 英は聞き返す。
「おまじない……とかいうやつじゃなくて?」
「似たようなものでしょ。知ってる?」
「……流行ってるって話は知ってる。でも、具体的なやり方とかは知らない。やったこともないし、ね」
 英は何となく目を伏せた。櫟原はどちらかというとそういうことは彼女に知らせたくないようだった。ふうん、と緒方が呟く。
「まあ、七星はそういうのにハマりそうにないなと思って聞いたんだけど。でも、なんか嫌な感じだよね」
 緒方は目を細めた。
「どんどん広まってるらしいよ。そのせいかはわからないけど、いろいろもめてる」
 俺今クラス委員だから面倒なんだよね、そういうの。緒方はそう言ってため息をついた。
「そのおまじない? に使った紙が教室から見つかったりして、担任も何これ、なんてさあ。でも、誰も何にも言わないし……」
「え……? なんで?」
 英は思わず声を上げた。何故、今になって広まるのだ。悪魔は――櫟原は「代償」を決めた。今まさに取り立ての最中なのだろう。だからこそ、あちこちで人間関係に齟齬が生まれている――それならば、手を引くべきだ。何かがおかしい、うまくいかない、そう思うなら、もうやらなければいいのに……。
「俺はよく知らないよ」
 緒方の言葉に、英は慌てて身を引いた。
「そりゃそうだよね、ごめん」
 緒方君は男子だし、ね……。英の言葉に、緒方はゆるく首を傾げた。くるりとした大きな目が英を映す。
「七星……」
「なに?」
「何かあった? なんか……」
 緒方は言葉を探すように視線を巡らせ、やがてぽつりと言った。
「なんか、ちょっと変わった気がする」
「…………」
 英は言葉に詰まった。――多分それ、悪魔のせい。さすがにそうは言えなかった。
「別に悪い意味じゃないけど」
 緒方はあくまでクールに言い、やがて軽く手を振った。
「ありがと。じゃ、俺はここで」
「う、うん……」
 英は思わず立ち尽くし、緒方の背中をぼんやりと見送った。
「…………」
 ――誰かの好意を増したぶん、別の誰かからの嫌悪感が増す――当たり前のことだよね。
 英の頭の中に櫟原の声が響く。それに被さるように、緒方の声。
 ――どんどん広まってるらしいよ。

 ふと英は顔を上げた。
 自分のしたおまじないのせいで誰かに嫌われる結果になったのだとしても、本人はきっとそうとは気付けない。その人に嫌われている状態を何とかしたいと願って、おまじないを繰り返したとしたら……? その人からは好かれるようになっても、また別の人に嫌われる。おまじないを繰り返せば繰り返すほどその影響は広がっていって、どんどん混乱を来たすのではないだろうか。
「もしかして」
 英は息を呑む。
 もしかして、櫟原は最初からそのつもりで「代償」を設定したのではないか。英の周りに起こる混乱を予想して、そしてそれに対する彼女の反応を楽しむために……。
「きっと、そうだ」
 英はつぶやく。そうして、彼女は足をロンドに向けたのだった。

  ※

「なんだ、もうネタバレしちゃったんだ。面白くないな」
 櫟原は悪びれもせず、そう言って笑った。
「少し変わった趣向にしてみたつもりだったんだけどねえ。あまり長く楽しめなくて残念」
「そういうのいいから。本当」
 英はため息をつく。
「うっかりしてて、気付かなかった……」
「そういえば」
 櫟原は英の顔を覗き込んだ。
「どうして気付いたのかな。興味あるね、そこ」
「別にいいでしょ、そんなの」
 英はのけぞって彼の顔を避けた。近付かせるとどこかしらから何かしらを読み取られるのではないかと思ったのである。それは癪だ。緒方のことを櫟原にあれこれ言われるのは絶対にごめんだ。
「ふうん……?」
 櫟原はその薄い唇をほころばせた。
「別にいいけど。そろそろ飽きてきた頃だったし」
 ぎくり、と英の心が揺れた。
「飽きた……って」
「英ちゃんにじゃないよ。今回の一件」
 櫟原はさらりと言葉を重ねる。
 心に過ぎったのは失望か、安堵か。英は自分に言い聞かせる――櫟原さんが私やお兄ちゃんに飽きたら、お兄ちゃんは生きていられないんだもの。飽きられたら困る。困るんだ。だから、驚いた。それだけだ。
 他に意味はない。
 櫟原はそんな英の動揺になど気付かぬように、話を続けた。
「興味深いのは、はじめは『好かれたい』という願いがメインだったのに、日が経つにつれて段々と『嫌われたくない』という気持ちが勝ってきたってことだよ。好きでもない相手になら嫌われたって平気なのかと思っていたけど、そういうものではないんだね」
 櫟原は英のマグカップに、アライグマのキャラクタのラテアートを描く。それを見るともなしに眺めながら、英はぽつりと言った。
「そりゃあ、嫌われるのってそれだけでストレスだもの。避けられるなら避けたいわ」
「英ちゃんも?」
「私、そんなに神経太くない」
 英はカウンターに伏せて櫟原を見上げた。
「そりゃあ、悪魔のあんたは人に好かれようが嫌われようが気になんてならないでしょうけど」
 櫟原は肩をすくめた。そんな仕草ですらさまになる男である。
「無関心でなければいいよ。無視されるのは腹が立つから」
「いいこと聞いたわ」
「無視なんてさせないよ」
 憎まれ口をきく英に、櫟原は笑った。その長い指でぐりぐりと頭を抑えつけられる。振り払おうとしても悪魔の力は強くて、振り払えない。
「……ねえ」
 諦めた英は、顔を伏せたまま声を上げた。
「なに?」
「私に飽きても、お兄ちゃんはちゃんと生かしてよね」
「飽きる? 僕が、君に?」
 不思議そうな声。英は顔を上げなかった。やがて、軽やかな笑い声が降ってくる。
「何、捨てられるのが心配なの? ……可愛いところあるね」
 英はかっと顔を赤くした。
「そ、そういうんじゃな」
 櫟原は英の顔をぐいと持ち上げた。鼻先がぶつかりそうなくらいの至近距離で、目が合う。
「まあ、せいぜい楽しませてよ。僕を飽きさせないようにね」
「…………!」
 英はぎりぎりと歯を食いしばる。負けるもんか、こんなやつに。
 ――七星、なんかあった?
 緒方の言葉を思い出す。
 別に、大したことがあったわけじゃない。こんなやつ、全然なんてことない。別に何にもないよ、って次会ったときは、話せたときは、そう言おう。
 大丈夫、私にはおまじないなんていらない。そんなものには頼らないし、必要ない。

 その時、英は気付かなかった。櫟原がわずかに目を細めてじっと英の表情を伺っていたこと――その口元に、ぞっとするような笑みが浮いていたこと。