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WE’VE HAD ENOUGH

Dear God, I hid it from me
Dear God, I hid it from you
Dear God, I hid it from us
We can’t take it
We’ve already had enough
   
親愛なる神様、僕はこれまで口をつぐんできたよ
親愛なる神様、貴方にもこれまで言えなかったのさ
親愛なる神様、僕たちは心の中で思ってることを口にしなかったんだ
今のような世の中に、もうこれ以上、耐えられないよ
もうたくさんなんだ
   
         ――Michael Jackson “We’ve Had Enough”

 ずっと不思議に思っていた。
 どうしてぼくは人間の形をしているのだろう。
 何故、人間はただの兵器であるぼくをこの形に作ったのだろう。
 どうしてぼくに自我を与えたのだろう。
 ――ぼくは一体、誰なのだろう。
 ぼくは、その答えを探し続けている。

  × × ×

 昔、ぼくはモスグリーンに彩られたポジに出会ったことがある。彼は運悪くぼくがポジを殺すところに居合わせてしまって、それでぼくを探してやってきたのだった。階段を駆け上ってきたせいか、それとも緊張のせいか、額にはじんわりと汗が滲んでいて――汗腺はぼくにはないから、何だかそれが妙に新鮮だった。
 
「ぼくを作ったのは政府のお偉方――ポジを一掃するための、兵器。その、試作品でしたから」

 ぼくが自分のことを話したのは、あの時が最初だったと思う。ぼくが殺した者たちは、ぼく自身に興味を持つことはなかった。そのくらいの余裕があれば、きっとまだ生きていくことを選ぶだろう。ただ、殺してくれと――力なく頼むだけのポジたちは深く絶望していて、それでいてまるで神に祈るかのように両手を組み合わせるのだった。
 目の前にいるのは神ではなく、死神だというのに。
 
 ぼくは彼に尋ねた。
「どうです? あなたの精神が限界に達したとき、あなたはぼくに殺されたいと思いますか?」
 彼は少しの間瞳を揺らして、けれど静かな表情で首を横に振った。
「……おれは、お前に殺されるのは嫌だね」
 しっかりとした口調。何となく、彼の答えをぼくは予想していた。だから、あっさりと引き下がる。
「それなら――きっともう二度とお会いすることはありません」
「これからも、殺すのか」
 そう尋ねる彼の顔がひどく優しく見えて、ぼくは少し戸惑った。
「そうですね。ぼく自身が壊れてしまうまでは……」
 それは当たり前のことだった。何故なら、ぼくはそのために作られたのだから。ぼくが存在する意義は他にないし、ぼくに与えられた機能は全てそのためのものだ。
「……そうか」
 彼はそう言って、煙草に火をつけた。少し俯き加減になった彼の顔は、何だか悲しげだった。どうしてだろう。ぼくはぽつりと付け加える。
「だって、それがぼくの生まれた意味だから……」
「確かにそうかもしれんが」
 ふう、と煙を吐き出す。
「お前の生きる意味は、そうじゃないかもしれないぜ」
「生きる……?」
 ぼくは首を傾げた。
「ぼくは、生きているのですか?」
「少なくとも、世界に存在はしてるだろう?」
「存在することと生きることは同義ではないと思いますが。死体が存在することだってあり得るわけですし、無機物だって――」
「少なくとも」
 男はにやりと笑った。
「おれには、お前が生きているように見えるけどね」
「…………」
 ぼくはそのまま無言でそこを去った。最後に見た男の笑顔が脳裏に焼きついて離れない。

 ――ぼくが生きている、だって?
 じゃあ一体、誰がぼくを殺してくれるというのだろう。そもそも、誰か僕を殺せるだけの能力を持った者がいるのだろうか。もしいなかったとしたら、ぼくは……。

  × × ×

 それからどれだけの時が経った頃か――ぼくは奇妙なふたり連れに出会った。例によって、ひと仕事終えた後のこと。
 何が奇妙だったかというと、彼らはポジとネガのふたり連れだったのだ。ミミックを別として、ポジとネガが混じりあって暮らすことは決してない。彼らは過ごす時間の長さが違うのだから、当たり前といえば当たり前の話だ。
 ネガはポジをごくつぶしと罵るが、ポジはその罵倒を卑怯な寛容さでもって聞き流している。どうせ自分を罵った相手は自分より先に死ぬのだから、まともに取り合うのも馬鹿らしい、ということなのだろう。
 だが、実際のところネガはポジの丈夫な生命を羨んでいるし、ポジもまたネガのように己の生命を己の手の届く範囲で完結させたいと欲している。
 結局のところ――ぼくから見れば、彼らは似たもの同士なのだ。悲しいほど人間だ、という意味で。
 
 ぼくはそのふたり連れに興味を惹かれ、話し掛けることにした。
「あの、すみません」
 驚いたように振り返るふたり。そして、ポジの男がネガの少女を庇うように前に出た。少女は彼の腕にしがみつきながらも、強い眼差しでぼくを見つめている。――恋人同士、なのだろうか。
「どうしてあなたがたが、一緒にいるのですか? ネガとポジが共に生きているなんて」
 ぼくが尋ねると、少女はかっと顔に血を上らせた。その様子を見て、ぼくは彼女がぼくの質問の意味を正しく理解していると確信した。つまり――彼女も、自分が彼氏よりも先に死ぬとわかっているのだ。それがきっと彼氏を悲しませるだろうということも。
「な、何よ。文句あるの?!」
「マヤ、落ち着いて。――初対面の相手に向かって、随分不躾じゃないかな?」
 ポジの男は少女をたしなめ、ぼくに向き直った。ぼくは軽く肩をすくめ、一礼する。
「気を悪くさせたなら謝ります。でも、不思議だったんです。あなたは随分長く生きておいでだ。それなのに、あなたにはまだこころが残っている。そして、自分より先に死ぬであろうネガを側に置いている……。何故、そんなことが可能なのですか?」
 男はすうっと眼差しを細くした。
「随分僕らのことに詳しいみたいだけど……君は一体、何者なんだい?」
 昔、モスグリーンの男にしたような答えを返しても良かったのだけれど、何故かそうする気にはなれなかった。だから、端的に告げる。
「ずっと、遠い遠い未来に――あなたがたったひとりぼっちになって、どうしても誰かに殺して欲しくなったら……僕を思い出して下さい。必ず、僕があなたの願いを叶えますから」
 このポジは、かつてぼくの誘いを断った男とは違う。先ほどからの様子で、彼が少女をとても大切に想っていることがわかるし、きっと彼女を失っては正気ではいられないはずだ。だから、そんなつらい想いの中で生きるよりはぼくが――。
「そんな必要ないわよ」
 ところが、少女は勝ち誇った様子で、ぼくにその言葉を投げつけた。
 
「だって、世界はもうすぐ滅びるんだもの」

 それを聞いた時のぼくの顔は、きっとひどく青ざめていただろう。

 世界が――滅びる?
 ポジもネガもなく、すべてが死に絶えるということだろうか。
 そしてそのときは、ぼくも一緒に……?
 
 少女が続けて語った言葉も、半分ほどしか頭には入らなかった。過去から来た。アンドロイド。ユウ。
 ぼくの他にもアンドロイドがいるとは。そのアンドロイドは、何のために作られたのだろうか。未来を探索するため、だろうか。しかし、過去から未来には来ることができても、その逆は成り立たない。彼女が世界の終わりを見届けたとしても、それを過去の誰かに伝えることはできない。それでは一体、何のために……。
 
 ポジの男とネガの少女は、ぼくの視界から消えるまで、ずっと寄り添って立っていた。きっと世界が終わるその日の朝も、そうやってふたりで迎えるのだろう。
 互いが、互いの死の瞬間に立ち会って――。
 
「……あ」
 ぼくは小さくつぶやく。
「そうか。そういうことか……」

 どうしてぼくが人間の形をしているのか。
 何故、人間はただの兵器であるぼくをこの形に作ったのか。
 その答えが、見つかったような気がした。
 
 そして、
 この滅び行く世界の中で、
 ぼくが何をするべきなのかも。

  × × ×

 過去から来たというアンドロイドは、案外すぐに見つかった。華奢な少女の姿をしたそのアンドロイドは、赤い髪の派手な男とふたりで連れ立って歩いていた。その姿を見て――ああ、あれはぼくとは違う、と思った。彼女はぼくよりももっと人間に近い。ぼくのように、人間の形をしただけの、別の何かではない。
 話し掛けようかとも思ったのだけれど、その必要はないと考え直した。
 彼女は、ただ見届けに来ただけ。ぼくのことを知る必要はない。

「…………」
 夜明け前。ぼくは街で一番高い旧電波塔の上に立って、足元に広がる街並みを見下ろした。
 
 ここで、人間たちは生きていた。
 いつか死ぬその日まで、生きていた。
 心が死ぬか体が死ぬかの違いはあるけれど、結局のところ、終末のときに向かって一刻一刻と近付いていくことにかわりはなかったのだ。ネガもポジも、同じだった。
 ――そして、このぼくも。
 
「彼女が『見届ける者』なのだとしたら」
 ぼくはつぶやいた。
「ぼくは『見送る者』だ」

 どうせ滅びる世界なら――。
 ぼくはぼくに内蔵されている、すべての武器を展開した。その規模は、ぼく自身にすら把握しきれない。網目のように広がって空を覆いつくしていく、超高エネルギー体の雲。
 
「何故、ぼくが人間の形をしているのか――いや、していたのか」
 ぼくを形作っていた粒子がエネルギーに変換され、空間中に放出される。
「どうしてぼくに自我を与えたのか」
 ぼくは音声を失ったけれど、それでも思考は走り続ける。
「ぼくは一体、誰なのか……」

 ぼくが見送った、たくさんのポジたち。
 彼らが最後に見たのは、ぼくの姿だった。
 自分と同じ、人間の姿をしたぼく。
 彼らはぼくに見送られ、逝った。
 彼らは「兵器」に壊されたのではなく――「人間」に看取られたのだ。
 ぼくのすべては、そのために。
 
「ぼくはこの世界を看取り、そしてこの世界にぼくは看取られる」
 ぼくはつぶやく。こころを満たすこの感情――それは、安堵だった。
 これで、ぼくの意味は終わる。
 
 大丈夫。もう、誰もひとりじゃないよ。
 ポジも、
 ネガも、
 人間も、
 それ以外の者も、
 みんなで。
 一緒にいこう。

  × × ×

 夜明けとともにぼくは光となって、世界はその中に姿を消した。