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DANCING MACHINE

Automatic, systematic
Full of colors, self contained
Tuned and channeled to your vibes
   
まるで機械仕掛けのように自由自在に踊ってみせる彼女
鮮やかな色に塗られた、自制機能付きのマシーンなんだ
見る側を釘付けにしてドキドキさせてくれるのさ
   
      ――The Jackson 5 “Dancing Machine”

 驚いた。
 
 こんなに驚いたのは、朝起きると隣で女が死んでいた時以来だ。多分、数年前。
 自殺だった。
 部屋の中には一酸化炭素が充満していて、僕はちょっと困ったのを覚えている。
 それはきっと僕に一緒に死んで欲しいという意思の現われだったのだろうけど、彼女と僕は違うわけで、つまり僕はガスなんかじゃ死なない。だからといって彼女のために他の死に方を探してトライする、というのも随分馬鹿げている。そんなことを思いついた自分自身にため息が出た。
 主張しておきたいのは、僕が彼女に対して何の感情もなかった、ということ。そもそも彼女とはパーティで数度ほど顔を合わせただけで、それも僕は友達の顔を立てるために行っただけだった。
 最後に会った時、彼女はひどく泥酔した様子で、仕方なく僕は彼女の部屋まで連れて帰った。
 それなのに彼女はちっとも酔ってはいなかったんだ。検死された彼女の体から、アルコールは全く検出されなかったんだから。全て僕を欺くための方便だったんだ。
 何という……、
 僕はそれを聞いて思わず噴き出した。
 検死官が睨んでいたけれど気にならなかったし、彼の吐いた暴言だって――差別用語だって、ちっとも気にならなかった。そうまでして僕と死にたかった、その心がいじらしくて、初めて僕は彼女の名前を覚えよう、と思った。
 
 でも、今はもう、覚えていない。
 そんなものだ。

 彼女は僕を殺せなかったけれど、彼女の死は僕の生活を一変させた。つまり、僕は「そう」なんだと明らかになってしまったわけで、そうなった以上普通のふりをしても、無駄。僕はそれを良く知っていたから、さっさと姿をくらませた。
 それからは特に語ることがない。
 つまり、臨終の近い心電図みたいな生活だということ。
 
 それが突然、息を吹き返したみたいだ。
 
 僕は道路の端に寄ったまま、空から降ってきたその物体を眺めた。
「…………」
 表面は白くてつるつるしている。ニワトリのタマゴを拡大したような形で、ところどころに煤が付いていた。
 隕石には見えない。登場の仕方はものすごくそれらしかったのだけれど。
 辺りを見回したところで付近には僕しかいない。そもそもさっきの轟音を聞いて出てくる物好きもいないだろう。ここにはそういう者たちしか住んでいない。そういうところだ。
 
 僕もこのタマゴには出会わなかった、そんなふりをして歩き出そうとした。
 そのとき。

 ――タマゴが突然、孵化した。
 
「え?」

 僕は目を瞬かせる。
 はらはらと剥離する薄い皮のような物質。金属のようだけれど、僕が見たこともない光沢と質感だ。
 ガタゴトと揺れるタマゴの一部が開き、何かが飛び出してくる。
 
 ――子供?
 
 僕は一歩あとずさる。見慣れないものを見たのだから、仕方がない。別に怖かったわけではない。
 子供は反動で少しばかり地面を転がり、やがてくるりと僕に向き直った。女の子だろうか。ショートカットが伸びすぎたような髪形で、大きな黒い目が目立つ。
 少女は僕をじっと見詰め、そして口を開いた。
「フーアユウ? キャニュアンダスタンワライセイ?」
 僕は面食らったものの、落ち着いて答える。
「イエス、アイキャン。バト」
 軽く肩をすくめて、
「アイオルソワナアスクユフーユア」
 少女はほっとしたように胸を撫で下ろし、すっくと立ち上がった。
「マイネイムイズ、ユウ。 ナイストゥミーテュ」
「ナイストゥミーテュトゥ。……英語、あんまり得意じゃないんだよなあ」
 彼女は大きな目をさらに大きくした。
「ニホンゴが通じるんですか?」
「ああ、うん」
 僕はうなずいた。この子、どこから来たんだろう、と思いながら。
「ごめんなさい。多分英語なら多少の時間的距離があっても保存されているだろうと思って……」
「え?」
 僕が聞き返すと、彼女は思い出したかのようにぱんぱん、と服をはたいた。タマゴから出てきたヒナには似つかわしくない、まるでかつての軍属のような格好だった。細い体には全く似合っていない。
「一つだけ教えて欲しいんです」
 相変わらず僕の疑問符は全部無視だ。
「今は西暦何年ですか?」
 彼女が真剣なのは声音で十分分かった。だから僕は気前良く教えてやる。
 
「四○○一年だよ」

 彼女は静かにうなずいた。

 タマゴは横で無様に転がっている。
 そういえばヒナが生まれたあとのタマゴはどうなるんだろう。そのまま朽ちていくに任せられるのだろうか。
 横目でそんな下らないことを考えていると、少女は右手の手袋を外してすっと僕の目の前に差し出した。
「改めて。私の名前は押見(オシミ)(ユウ)です」
「……ファミリネームがあるの?」
 僕は聞き返した。彼女はきょとんとしている。
「ないんですか?」
「少なくとも」
 僕は肩をすくめた。
「僕の知る範囲ではないなあ。確か五世紀ほど前に廃止されたよ」
「そうですか……」
 彼女は頷く。
「では、ユウで」
「ユウ」
 僕はその名前を鸚鵡返しに口に出して頷いた。
「僕はホクトだ」
「ホクト」
 彼女は僕と同じようにして、そして微笑んだ。その微笑だけが、彼女と僕の相違点。何故か慌てて僕も笑みを浮かべた。
 いつの間にか、彼女の右手は見当たらなくなっている。握っておけばよかった、と僕は後悔した。
  
 
  × × ×
  
 
 彼女は結局タマゴをそこに捨てて、僕の後についてやってきた。ヒナと同じで刷り込み現象でも起こったのではないかと恐れたけれど、彼女は笑って否定する。
「貴方とお話がしたいんです」
「つまりお茶が飲みたいということ、でいいかな?」
「ええ」
 冗談のつもりが、彼女はあっさりとうなずいた。
「わかった」
 僕は喫茶店を目指して歩き始めて、ふと思い出して振り返る。
「君、お金持ってる?」
「多分、貴方から見ると化石みたいなお金だと思います」
 取り出したコインは確かに二千年ほど前のものだ。どこから掘り出したんだろう。
 こういうものを換金できる場所も知っているけれど、そこに寄り道するのも時間の無駄だ。
 つまり、この少女がよほどの大食漢でない限り、僕が支払ってしまえばいいだけの話。
「…………」
 少女は無言で辺りを見回している。この街がそんなに珍しいのだろうか。
 
 どこにでもある風景だ。
 ただ、緩慢に滅び行くだけの。
 どろどろと溶けていく紙粘土のような。
 
「私が千七百八十三年前から来たといったら信じますか」
「二二一八年から来たって?」
 僕は傍らの少女を見る。もし少女が見た目の通りの年齢なら、きっと十四歳くらいだろう。
「どうやって?」
「貴方の言った、タマゴで」
 くすくすと笑う。タマゴという形容がそんなにおかしかったのだろうか。
「あれはタマゴではなくて、タイムマシンなんです」
「…………」
 僕はふう、とため息をついた。
 
 タイムマシン。
 過去から未来へと時間を飛び越える機械。
 ただし時間は不可逆的。
 つまり、
 未来から過去へは戻れない。
 
 彼女も、
 元いた場所には帰れない。
 
「馬鹿なことをしたね」
「世界は」
 彼女はすまして言う。
「もうすぐ滅びるのでしょう?」
「何故?」
「無人探査機が、四千年前後以降には飛べなかったので」
「時空間そのものが消失しているということ?」
「それはどうでしょうか」
 ユウは首をかしげた。滅びる世界を観光しにきた割にはいやにのんびりしている。絶滅したはずの、「お嬢様」という種類の生きものかもしれない。
「シュトライヤの導出した逆説的時間空間方程式の解はパラメータによって変化します」
「…………」
「だから、きっと何か変動が起きるのでしょうね。時間的にか、空間的にか。両方かは分からないけれど」
「それと世界の滅亡に何の関係が?」
「そんなことが起こって人間が無事に生きていられるとは考えられないですから」
 僕は苦笑した。
「既に無事ではないよ」
「え?」
 彼女が振り返る。僕が足を止めたせいだ。
 すぐそこに目指していた喫茶店はあるのだけれど、今は足が言うことを聞かない。

「僕らは、人間じゃないから」
 
 
  × × ×
  
 
 それきり押し黙って喫茶店に向かった僕の後を、彼女の軽やかな足音がついてくる。
 
 彼女が今何を思っているのか、僕には分からない。
 そもそも何を思ってこんなところに来たのか、
 何故僕に声をかけたのか、
 何も分からない。
 
 彼女は分かって欲しいのだろうか。
 
 僕は分かりたいのだろうか。
 
 カウンタの二つ並んだ席について、血色の悪いウェイトレスが注文を取りに来た。
 彼女はメニューを一瞥して、スクィーズジュースを注文した。何故ここで一番美味しいメニューが分かったのだろう、と思ったけれど、多分それはただの偶然。
 味覚なんてものは、そもそも存在自体が究極の気まぐれだ。説明もできないし表現もできない。言葉に乗せたところでそれは抜け殻。だけど、誰もその存在を否定しない。
 彼女がタマゴに乗ってきた理由も、それと似ているかもしれない。
 
 僕はマンドリンコーヒーを注文。苦いけれど、酸味がないのが僕の好みにぴったりだ。
 
「私も」
 不意に彼女が口を開いた。
 彼女を見つめると、大きな黒い目が真っ直ぐ僕を見つめている。そこには恐怖も、嫌悪も、何もなかった。
 
 ――人間たちが僕らを見る視線とは違っていた。
 
「私も、人間ではありません」

 何だ、と思った。
 
 僕は笑った。
 彼女もくすくす笑っている。
 手を伸ばして頬に触れた。暖かい。
 彼女の瞳に僕がうつっている。赤い髪と、蜂蜜色の瞳。
 かつて人間のふりをしていた頃――髪を黒く染めていた頃は、誰もが僕を振り返った。
 友達のパーティに出席すると女たちが僕を取り囲む。
 まるで虫が花に群がっているみたい。気持ち悪かった。
 今は?
 僕は自由だ。
 こんな風に、
 彼女の頬にキスをするのも、
 ひっぱたかれるのも、
 全部自由。
 いや、
 一つだけ嘘がある。
 彼女はひっぱたかなかった。
 驚いたような顔で僕を見ていた。
「何?」
「別に」

 不意に踊りたくなった。昔パーティでやった、ダンスがしたい。
 彼女を抱き上げてくるくると回ってやろうか。
 彼女のつま先がコーヒーカップをことごとくなぎ倒したら、どんなにか気持ちいいだろう。

「ホクト」
 彼女が僕の名前を呼ぶ。
 僕はその声の響きに少しぞくりとして、彼女を見つめた。
 
「少しの間、一緒に居させて欲しい」

 彼女が僕に何を望んでいるのかは全く分からなかったけれど、拒絶する理由もなかったから僕はあっさりオーケイした。
 
 彼女はきっとこの世界の終わりを見届ける。
 それなら僕も付き合おう。
 
 世界の終わる日まで、彼女と一緒にダンスを踊ろう。
  
 
  × × ×
  
 
 それは世界の終わる一年前。
 マンドリンコーヒーは、苦かった。