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XIV

 おれは慌てた。
「なんで奴らがここに」
「おまえの疑問は彼らの目的に対してカ? それともここを突き止めた手段に対してカ?」
「どっちもだよ」
 苛立ちもあらわに返答すると、シック・スカルドは、ふム、とつぶやいた。
「それなら彼ら自身に聞けば良いだろウ」
 もともと、地球側の情報を欲していたところダ。向こうから出向いてきてくれるとはちょうど良イ。
 ――その丸っこい頭部が、四方を囲む壁のひとつを向いている。そのことに気付いて、おれも何となくその壁を眺めることにした。白い壁に、ぼうっと映像が浮かび上がる。そこに並ぶふたつの人影――見間違うはずもない、ミトとインクの二人組だ。なぜか、妙に見上げるような位置にふたりの顔は位置している。
「われわれの端末の内のひとつが相対していル。ここに映写したのはその端末の視界ダ」
「…………」
 ようは、こいつと同じものが奴らの前にもいて、そいつの見ているものをおれたちも目にしているってことか。
『何故ここに来タ?』
 平坦なシック・スカルドの声。それにミトが負けず劣らず平静な声で問い返す。
『何故、とは我々の目的に対する疑問でしょうか? それともこの場所を選んだ手段について?』
「おまえたちよく似てるな」
 当然のように、シック・スカルドは毒づくおれの台詞を無視した。
『どちらでも良イ。答えるつもりはあるか、否カ』
『ここに来たのは、ヒイロさんを追ってきたのです――わかりますか、アウト・スカートと呼ばれている男のうちのひとり』
「おれかよ?!」
 思わずおれは口走った。なぜ、おれの居場所が分かったのだ。尾けていたのか――いや、それにしては彼らがここに来るまでに時間が掛かり過ぎているし、単純な尾行なら恐らくシック・スカルドが気付かないわけがない。
『どうやって追っタ?』
『彼から採血した時に、血管内にわれわれのナノマシンを注入しました。彼の位置をいつでも特定することができるように』
「ンだとあいつ!」
 しれっととんでもないことを言うミトに、おれは目を剥いた。
「静かに聞ケ」
 激昂するおれを押しとどめ、シック・スカルドは言う。
「けどよ、妙なもの注入しやがって……!」
「その件は後ダ」
「…………」
 おれはむっつりと口を噤んで映像のミトを睨みつけた。まったく、ひとの好意をいいことに好き勝手しやがって……!
『では、おまえたちはヒイロに会いに来たということカ』
『というより、その行先に興味があったっていうか』
 口を挟んだのは相変わらず軽い口調のインクだった。
『リンビックから離れてセントロメアに移動していくからさ、あれあれ、って思ったんだよね』
『それで追跡したト』
『まさかシック・スカルド――だっけ? あんなに嫌ってた君たちの本拠地に、彼がのこのこ出向いて行っていたとは思わなかったよ』
『或いは、彼はあなたがたに拘束されている可能性もある』
 ミトが険しい口調で言った。
『恐らく、われわれが彼に接触していたことをあなたがたは既にご存知なのでしょうから――』
「お、おれを心配して?」
 拍子抜けして、おれはつぶやく。自分たちのせいでおれがシック・スカルドに拘束されているのではないかと、そう懸念してわざわざ訪ねてきてくれた――というのか?
 だが、映像の中のシック・スカルドの端末は淡々と聞き返した。
『では、ヒイロの安否確認が目的ということカ?』
『…………』
 その問いに、ミトは答えない。おいおい、とおれは思った。やっぱりそっちは二の次ってことかよ。
『わたしたちは、いずれあなたたちと交渉するつもりでした』
 やがて、ミトが重い口を開いた。
『その時が、たまたま早まったというだけのこと――』
『交渉、とハ?』
 シック・スカルドが問う。ミトの無表情な顔に、わずかに緊張が走ったように見えた。薄い唇が動く。
『月面都市の人類のうち、希望する者を地球に移住させたいのです』
『…………』
 シック・スカルドは答えない。おれはただ固唾をのんで、壁に映る映像を見つめていた。

  〇

 十数秒の沈黙を挟み、シック・スカルドは言葉を発した。
『それにはまず、百年前突然連絡を絶って以降の地球で起こったことについて教えて欲しイ』
『ヒイロから聞かなかった?』
 インクの問いに、シック・スカルドは何のことダと突っぱねる。
『月面都市は地球との交易を前提に作られた街だっタ。われわれが生き延びるために如何なる犠牲を強いられたか、想像に難くはあるまイ』
『そのことについては遺憾に思います』
 ミトは短く答えた。
『ですが、地球側にもやむにやまれぬ事情があったのも事実』
 ――そしてミトは、おれに説明したのとほぼ同じようなことをシック・スカルドに向かって語って聞かせた。新型の末梢型プリオンによるパンデミック、そしてサイボーグ化による人類の退避。
『しかし、ようやくわれわれはプリオンの根絶に成功しました。よって、ようやく月面都市に使者――われわれのことですけれど――を派遣することができたのです』
 ミトははっきりと「根絶した」と言った。おれやノーラ相手の時にはそこまでの話はしなかったように思うのだが。
『根絶はどのようにして確認されタ?』
『検出試薬で地球上の全人類の陰性化を確認済みです』
『他の動植物種に潜伏している可能性ハ?』
『人間以外の動物での発症例は一例たりともありません。様々な種の動物からサンプルを集めて幾度となく検査していますが、陽性例は皆無です』
『地球上にいる全人類はサイボーグ化されたということだったナ?』
『ええ』
『では、地球上にサイボーグ化されていない月面人類を戻したとき、プリオンに絶対に感染しないと言い切れるのカ?』
『言い切れませんね』
 ミトはあっさりと認めた。
『それを試験することは現時点で不可能ですから』
『それハ――』
『でもさ』
 不意にインクが割って入った。こいつはいつもそうだな、とおれは舌打ちしたくなる。
『ここもぼちぼち限界なんじゃないの? あんたらががちがちに人口統制して、エネルギー資源をやりくりして、それでもずっとこのまま月だけで完結は無理でしょ』
 ぼくがあれこれ観察して計算したところによると、とインクは軽い口調で言う。
『もう数年以内にここは破綻するよね?』
 おれは驚いて傍らのシック・スカルドに問い掛けた。
「そうなのか?!」
「確かにそれもひとつの可能性ダ。それを回避すべくわれわれは日々計算していル」
「……ってことは、回避できないかもしれないってことかよ」
『人口は少なければ少ないほどいいんだろう――ここにとってはね』
 インクはおれの動揺も知らずにぺらぺらと喋っている。
『だったら、まずは実験も兼ねてアウト・スカートの一部、希望者を募って地球に移住させてみたらどうかな。ぼくらも助かるしそっちも助かる。そう思わない?』
「実験って、おい……」
『ヒイロから聞いたよ。きみたちは秩序の維持に不要だと考えた人物をアウト・スカートに指定してリンビックに追いやっていたんだろう? だったら、そいつらをまとめて地球に移住させても何も問題はないよね?』
「…………」
 あの野郎、とおれは奥歯を噛み締めた。あいつ、おれたちと接触しながらそんな風に思っていたのか。エマと優しく遊んでいたあいつの顔は、ただの仮面に過ぎないものだったのか。所詮人工知能なんてものは、その程度なのか……。
 おれはぎょっとしてシック・スカルドをまじまじと眺めた。所詮人工知能というのなら、こいつも同じだ。
 インクの言葉に納得してあっさりと移住に賛成されでもしたら、おれはどうすればいいのだ。
 だが、インクの言葉が真実なら、ここが限界に近付いているのも事実だということになる。何らかの形で地球とコンタクトを取ることができなければ、遠からず”月面都市”は崩壊してしまう。
 いやな汗をかきながら拳を握り締めるおれの耳に、冷ややかなシック・スカルドの声が届いた。
『なるほど――希望者の移住ならば異論はなイ』
「?!」
 思わず隣の端末をにらみつけるが、そいつはただ「黙って聞ケ」と言ったのみだった。
『きっとわかってくれると思っていたよ』
 インクはにっこりと笑う。その隣で、ミトはなぜか沈黙していた。
『だが、いくつか条件がある』
 シック・スカルドは続けた。
『ひとつ、当初の移住者は少人数に限るこト――ひとつ、プリオンについてのリスクを十分説明したうえで、それでもチャレンジする意志のあるものに限って連れていくこト。ひとつ、万が一地球上でプリオンを発症してしまった場合は、救命のためにきちんとサイボーグ化の施術を受けさせるこト。ひとつ、希望に応じて月面への帰還を許すこト。こちらに連絡の取れる状況下に置くこト』
『条件が多いな?』
 インクが呆れたようにつぶやくのが聞こえた。
『条件が飲めない、といえばどうなりますか』
 ミトが尋ねる。
『おまえたちは先ほど、プリオン根絶の実証はできていない、と言っタ。サイボーグ化されていない人間を地球上に置いた場合、感染しないという証拠はないト』
 シック・スカルドは、何だか答えにならないことを話し始めた。だが、ミトはそれを聞いて珍しくあからさまに顔を引きつらせる。
『それはつまり――プリオン根絶以降、地球上では新たな人間が、子供が誕生していないということの証左ダ。子供が生まれれば、その子が感染しないかどうかでプリオンの根絶が見極められるはずなのだかラ』
 インクが小さく舌打ちする。思わぬ形でシック・スカルドに知られたくなかった真実を知られてしまったからだろう――だが、実際は彼らと相対する前からシック・スカルドはこの展開を予想していたようだが。
 シック・スカルドは切り札となる警告を口にする。
『人類という種が存続するためには、ここに保管されている月面人類の生殖細胞が唯一の希望なのダ。そのことを忘れるナ』
『おれと同じ人工知能が、人類の守護者気取りかい』
 インクが皮肉めいた笑いを零す。ミトが彼の名を呼んで制し、そして向き直った。
『なるほど、そちらのお考えはわかりました。一度持ち帰って検討することにします』
『二度目の交渉はいつでも歓迎すル』
 ――月面人類にとっても、地球人類にとっても、実りある交渉となることを望もウ。
『ところで』
 ミトが不意に話題を変えた。
『ヒイロさんは無事なのですか』
『対面を希望するカ?』
 シック・スカルドは尋ねる。ミトは少し黙り込み、そして首を横に振った。
 ――実は本当に心配してくれているのだろうか、とおれは思う。おれを利用したのは事実だろうが、それはそれとして気には掛けてくれているのか……。
 もしそうならいい、とおれは思う。おれだって同じ人間であるミトを憎みたくはないし、恨みたくもない。互いの立場が違ったからって、敵対しなければならない決まりはないはずだ。
『いえ、結構です』
『今更どの面下げて、って思ってるんでしょ』
 インクがミトの顔を覗き込み、せせら笑う。
『だから君は甘いんだよ――ミト』
 はっとおれが息を呑んだ次の瞬間、目の前の映像はただの真っ白な壁へと変化していた。
 シック・スカルドが映像をきったのだ。
「おい、なんで」
「話は終わっタ」
 シック・スカルドは冷たく――本人にそのつもりはないのだろうが――言い放つ。
「交渉は続けル。それでいいだろウ?」
「……ああ」
 おれは釈然としないながらも頷き、そして尋ねた。
「あいつらがおれに注入したナノマシンてやつ、排除できないか?」
「試すにはそれなりのエネルギーと労力が必要ダ。見合わなイ」
「……あっそ」
 それでもやっぱり、おれはこいつを好きにはなれねえよ。