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XIII

 地球側の情報が欲しい。そう言ったおれに、シック・スカルドは承知したと告げた。しかし、一体どのようにして探るつもりなのだろうか。
「手段については今考慮していル。少し待テ」
「はいはい」
 おれは椅子に腰かけたまま軽く両手を挙げて、ふと思い出して尋ねた。
「そういや、エマをどうしてアウト・スカートにしたんだ? あんな子供を、普通はあり得ないだろう」
「前例が少ないことは認めル」
 相変わらず、もってまわった言い方をするやつだ。
「エマは後天的に聴力を失っタ。その理由はわからなイ。新生児検診では異常はなかったのだが、感染症でもなく、もちろん外傷でもなイ……メディ・ナノの限界だっタ」
「だからって、」
「違ウ」
 おれの言葉を先回りして、シック・スカルドは否定した。
「われわれがそう望んだのではなイ……彼女の両親が、手放したがったのダ」
「……なんだって?」
 おれは聞き返す。
「たかだか耳が聴こえない程度のことで? 手放したがる?」
「徹底した人口管理の為に、われわれは出生時におまえたち人間から生殖細胞を摘出し、それらを保管して子供を生産していル。人間に生殖を任せるよりも、メリットは大きかっタ……しかシ」
 シック・スカルドは淡々と言う。
「デメリットもあったようだナ」
「つまり?」
「時に、親子間に著しい愛着形成の阻害を認めル。そういう場合、われわれにできることはその子供を保護し、リンビックにやることダ。そこで生き延びることを願っテ」
「……なんだ、それ」
 おれの声はひどく乾いていた。
「そんなことで、エマは」
「だが、彼女はノーラに保護されたのだろウ?」
 シック・スカルドは当たり前のように言った。なんだ、そんなことまで知ってやがるのか。
「彼女はエマの保護者に適任ダ」
「えらそうに」
 ノーラをリンビックに追放したのも、おまえらだろうに。シック・スカルドはそれについても否定はしなかった。ただ、物静かに告げる。
「ノーラをあのままセントロメアに置いておいて、馴染めたと思うカ」
「…………」
 それは、と言いかけて口を噤んだ。
 似たような夫婦、似たような家庭、似たような子供たち。それらからいったん外れたものたちに対するひとびとの視線――それは決して寛容なものではない。むしろ、そういった者たちははやく外れもの(アウト・スカート)と指定されてしまえと願うような……異物を嫌う彼らの在り様は、おれも身に染みて知っている。
「けど、そういう社会を作ったのはおまえたちだろう」
「結果的には、そうダ」
 シック・スカルドはあっさりと認める。
「このような社会システムに適合させることで人間たちがどのような群集心理を持つに至るか、それが予測できなかったわけではなイ。だが、それでモ――」
 やらざるを得なかった、というのだろう。何としてでも月面人類を存続させるために。
 おれは深々とため息をついた。
「……感謝はしねえよ。それに、おれはやっぱりおまえらがいけすかねえ」
「それが正常ダ」
 シック・スカルドはぽつんと言った。
「人間とは本来そういうものだろウ」
「…………」
 人間とはそういうもの――そうだとすれば、今このセントロメアで何の疑問も抱かず”統治者(マナク)“を受け容れているフィラーたちは一体何なのか。月面人類を存続させるためのシステムが、逆説的に人間を変質させてしまったのではないか……。
 暗澹たる思いにとらわれそうになって、おれは話題を変えた。
「その、百年前に地球を襲った新型プリオンによるパンデミックとやらのことは知っているのか」
「当時、月面と地球との間では密な交信が行われていタ。地球で新型の伝染病が猛威を奮い始めた頃のことは記録に残っていル」
 病原体の輸入を危惧してすぐに定期連絡船はストップさせタ、とシック・スカルドは語る。
「事実が広まればシティ内がパニックになることが予測されたため、地球側の情報には統制を掛けていたガ」
 それを聞いて、おれはふと思った。
「じゃあ、むしろ連絡を絶ったのは地球側ではなくこっちの側だったのか……?」
「そうとも言えル。地球側も月面に関わっている余裕はなかっただろうガ」
「…………」
 おれはミトの語った話を思い出す。

「わたしの身体は――まあ、わたしだけじゃなくて、地球上にいる人間はみんなそうなのだけど――作り物でできている」

「生命体と人工物の融合。人工物による生命機能の代替。まあ、そんなところでしょうか」

「脳以外のパーツは人工培養された有機ユニットでできている。特にわたしに使われているパーツは第七世代のものばかりだから、見た目や触感ではもう区別がつかないと思う」

 ――それらを口にした時、シック・スカルドの反応が顕著に変化した。
「なるほど、そういうことカ」
「何がだよ」
「……地球人どもの狙いは明白ではないカ」
 その声に憐れみがこもっているように聞こえたのは、おれの考え過ぎだろうか。狼狽するおれに向かって、シック・スカルドは容赦なく言葉を継ぐ。
「地球人どもは――おまえたちの『肉体』が欲しいのダ」
「…………!!」
 おれは言葉を失った。

  〇

「そ、んな馬鹿な」
 喘ぐようにつぶやくおれに、シック・スカルドは冷ややかに追い打ちをかける。
「本当にそうと言えるカ。地球人どもは新型プリオンを根絶したといウ――しかし実際は唯一感染しない臓器である脳を、有機ユニットで製造した人工物でできた肉体に避難させただけダ」
「じゃあ、本当は根絶もしていないって? おれたちが地球に行っても感染するだけかよ」
「それでは意味がないから考えにくイ。根絶は真実かもしれなイ。だが、間に合わなかっタ」
 ――あ。おれはまたひとつ、ミトの言葉を思い出す。

「克服は、間に合わなかった」

 確かに彼女はそう言っていたではないか。
「つまり――克服はできたのかもしれないが、地球上に現存する人類は全てサイボーグ化してしまっタ。よって、次世代の繁殖は不可能になっタ」
「……あ」
 おれは声を上げた。なるほど、そういうことか――。
「このままでは地球人は絶滅してしまウ。それを回避するためには、サイボーグ化していない人間が必要ダ」
「それで、月面に探しに来た……?」
「分の悪い賭けだとしても、それでも来なければならなかった理由がそれだとしたラ?」
「…………」
 たしかに――全部、辻褄が合う。やつらがおれの体を調べていたのも、そういう理由だとしたら……。
 それに、ノーラが不思議がっていたではないか、何故今更リスクを冒し、コストを掛けて月面に探査チームを送り込んできたのか。その目的が絶滅しゆく人類を救うことだとしたら、確かに何を犠牲にしてでも達成しなければならない任務だろう。
「地球におれたちを連れて行って、どうするつもりなんだろう」
「さア。現在の地球の技術レベルを類推するには情報が足りなさ過ぎル」
 シック・スカルドはおれの動揺をよそにあっさりとしたものだった。
「もし地球上に生殖細胞が凍結されて保存されているのであれば、人工子宮システムを用いて子供は制作できル――月面(ここ)でさえそれが可能なのだから、地球ではなおさらだろウ。だが、恐らくそれはできないのではないカ……」
「つまり?」
「わからなイ。生殖細胞の保存に失敗したのか、プリオンの影響が排除できなかったカ……」
 何にせよ、情報が少なすぎると言いたいのだろう。それでもおれは食い下がらずにいられなかった。
「だとしたら、やつらの狙いは」
「おまえにとって楽観的な予測は、ただ地球上に人類を帰還させて改めて人類を存続させたいという、ただそれだけの可能性。であれば、何故最初からそうと説明しないのかが不明」
「確かに……」
 おれはつぶやく。そういうことなら、最初からそうと言ってくれればいいのだ。それなら我々の母星に喜んで帰還する、という人間もシティには多いことだろうし、シック・スカルドもそれに協力したのではないか。そもそも、その目的を叶えるためにはシック・スカルドが凍結保存している月面人類の生殖細胞が必要不可欠なのだから。
 だが、彼らはそうはしなかった。その意味は……。
「悲観的な予測もひとつ、伝えておこウ」
 シック・スカルドはおれの思考を遮るように言った。
「こういった目的も考えられル――月面人類の肉体を利用して、脳移植の道を探ろうとしている可能性」
「脳移植?!」
 おれは驚いて声を上げた。
「そんなことが可能なのか……いや、それって移植される側の脳はどうなっちまうんだよ」
「さア? あるいはおまえたちからクローン技術で複製した肉体を利用する気かもしれんガ」
 作成した肉体が成熟するまで、脳が保てばいいが。
「どっちにしたって元々の体にも脳はあるだろうが」
 地球人の脳は大切で、月面人類の脳はそうではない、などあり得ない。主張するおれに、シック・スカルドは言う。
「人類が同じ人類をそうと見做さない事例は、歴史に事欠かなイ――おまえも歴史を学んだろう、覚えているカ?」
「…………」
 おれは口を噤む。確かにその通りだ――こいつに言われるまでもなく、その通りだった。ひとをひととも思わない所業、そんなものは歴史上枚挙に暇がない。
 だが、それでもおれは苦し紛れにその言葉を口にした。
「でも――全部、そんなの想像に過ぎねえだろうが。根拠のある話じゃない」
「その通りダ」
 シック・スカルドは思いのほかあっさりと引き下がる。
「すべては推論に過ぎなイ」
「そうだろう、だからあいつらの目的はそういうのと全然違うのかも」
「おまえのそれも、願望に過ぎないがナ」
「…………」
 ぐっ、と言葉に詰まった。それは、その通りだ。言われるまでもなくわかっている。
「しかし、おまえたちの生殖細胞をわれわれが管理していることがひとつの切り札になりそうダ」
「つまり?」
「月面であれ地球であれ、そこにしか人類が子孫を残す希望はなイ。そうだろウ?」
「…………」
 つまり、シック・スカルドが不意にそれらを廃棄してしまえば、人類はすべて絶滅するよりほかなくなってしまう――そういうことではないか。結局、おれたちの命運はこのシック・スカルドにすべて握られているということか。
 ぞっとしたおれは、おそるおそる目の前のシック・スカルドに尋ねた。
「おまえは、裏切るつもりはないんだよな?」
「誰を、ダ?」
 それは冷ややかにそう問う。
「目的語が抜けているゾ、ヒイロ」
「…………」
 おれが答えられずにいるうちに、ふいとシック・スカルドはその半球形の頭を巡らせた。
「来客が来タ」
「来客?」
 聞き返すおれに、それは平然と言う。

「そウ――ミトとインクとかいう、地球人たちダ」