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III

 招かれざる客人ふたりは、無遠慮にリンビックをうろつき回った。別にどこを歩こうが構わないが、成り行き上おれが付き合わなければならないのが億劫だ。
「普通の街だろ……まあ、そっちがどんな風かは知らんが」
 無個性な建造物群の間を縫う街路を歩きながら、ミトが静かな眼差しでおれを見た。全く、この女が顔色を変えるところを見てみたいものだ。
「いくつか気になるところが」
「気になるところ?」
 鸚鵡返しに問うと、彼女は真面目な顔で頷いてみせた。
「言ってみろよ」
「まずひとつ、子供の姿がないこと」
 ここの風習で外には出ないという可能性もありますが、とミトは付け加える。
「子供、ねえ」
 おれは苦笑する。
「子供はここにはいねえよ。セントロメアには居るがな」
「そういうものなんですか」
 ミトは少し不思議そうだった。ああ、とおれは答える。
「アウト・スカートに子供はもてない」
「え? それどういうこと?」
 声を上げたのはインクだった。ふらふらと落ち着かなく歩き回って、おれたちの話など聞いていないと思っていたのだが、どうやらそれは勘違いだったらしい。
 おれは肩をすくめる。
「どうもこうも」
 聞いたままだ、と告げる。
「…………」
 ミトが唇に指を押し当てて考え込むような仕草を見せた。
「それは……、あなたがたアウト・スカートには生殖能力が欠如しているという意味ですか?」
「セイショクノーリョク?」
 おれはきょとんとした。
「どういう意味だ、それは」
「どういう意味……とは」
 戸惑うような表情になるミトに、うんうんと頷くインク。
「ヒイロはマジで言ってるね。セクハラのつもりはなさそう」
「何を言ってるんだ、お前ら」
 おれは苛立ったように声を上げた。
「子供はシック・スカルドにしか作れないものだ。奴らが作って、セントロメアの奴らに支給する……そのまままっとうに育てば親と同じようにセントロメアの住人で居続けられて、年頃になれば(つがい)を定められ、じきに子供を与えられてそれを育てる。おれみたいなアウト・スカートには子供なんざ持てるわけがないんだ。わかったか?」
 ミトは一瞬沈黙し、やがてこくりと頷いた。
「……不明な点はまだありますが、ひとまずは理解しました」
「驚いたなあ、そんなことになっているとは」
 インクがあくまでも軽い調子で呟く。
「…………」
 ――じゃあ、そっちはどうなんだよ。
 喉元まで込み上げたその疑問符を、おれは無理に飲み下した。きっと、尋ねたって意味がない。これまでの幾つかの質問と同じように、答えられない、言えない、と誤魔化されるに決まっている。だったら、わざわざ尋ねる意味なんてない。
 そもそも、こいつらは何のためにここに来たのだろう。本当に、あの忌々しいシック・スカルドたちに一泡吹かせてくれるのだろうか。
 もしかすると、むしろこいつらは――おれの、いやおれたちの、敵なのかも……そもそも、本当に地球から来たものかどうかも怪しいのだ。何ひとつ信用することはできない。
「もう少し、セントロメアに近いところまで行けますか? ああ、もちろん無断で中に立ち入るようなことはしません。問題の起こらない、ぎりぎりのところまでで結構です」
 ミトはおれの逡巡も知らず、相変わらずの無表情で言った。
「……好きにしろ」
 だが……、今のところこいつらを泳がせるより他にはない。こう見えてインクはかなり鍛えていて、強い。下手にトラブルを起こせば、こいつらごとシック・スカルドたちに消されてしまうかもしれない……さすがにそれは面白くない。
 おれは何度めかのため息をつき、彼女の要求する場所へと足を向けた。

  ○

 リンビックとセントロメアの境には、ゲートも壁もない。しかし、そこには明らかな境界があるのだった。
「……あそこから先はセントロメアのエリアだ」
 おれはそう言って少し離れた場所の地面を指し示した。明らかに、あるラインを境にして地面の色が違う。リンビックの、赤茶けたような粉っぽい砂に覆われた地面ではなく、白くてわずかに柔らかい、ほんのりと湿りけを帯びたような土である。
「へえ」
 インクが目を細めた。その白い土の上に、やはり没個性的ではあるが、こちら側よりも随分清潔な建物が点々と立っている。リンビックには見られない街路樹などの植物の姿もあって、それらはほとんど風もないシティの中で静かに葉を揺らしていた。
「確かに、明確に隔てられているようですね」
 ミトが呟く。
「しかし、確かにゲートはない……」
「忍び込むつもりか? 別に止めはしないが」
 おれはぶっきらぼうに言った。
「おれを巻き込むのはやめてくれ。おれがここから離れてからにしろ」
「なんだよもう、冷たいなあ」
 インクが馴れ馴れしくおれの背中を叩く。
「おれたち、一応命の恩人なんだぜ?」
「助けてくれと頼んだ記憶はないな」
 おれは彼の手を払い除け、その奇妙な色違いの両目をじっと睨み上げる。彼はおれの凄まじい形相をその双眸に映しながら、少しも動揺する様子は見せない。それがまた、腹立たしい。
「死にたかった?」
 なんでもないことのように問われる。おれはぐっと言葉に詰まった。おれは――
「ヒイロの言うとおりよ。意図しない介入を受けた側の彼に、恩に着せるべきではない」
 ミトが冷ややかに割って入った。
「そう?」
 インクは不服そうに鼻を鳴らしたが、それ以上は特におれを気にする様子もなく、また辺りをきょろきょろと見回し始めた。
 ミトはちらりとおれを見る。その眼差しに、珍しく何かの感情が潜んでいるように見えた――だが、それが何かはわからない。すぐに、その深い闇色の瞳は伏せられてしまう。
「できるだけ、あなたに迷惑は掛けないようにします」
「……そうしてくれ」
 おれはそう言うのが精一杯だった。
「なあ、ヒイロ」
 インクは片手を額に翳し、セントロメアを眺めている。
「さっきの話から行くとさ、あんたの……ええと、生みの親ではないかもしれないけど、育ての親はあそこにいるんだよな?」
「ああ、そうだな」
 おれは頷く。インクが振り返っておれを見た。
「会えねえの?」
「会えねえな」
「それで、ヒイロはいいのか? 会いたくならない?」
「別に」
 おれは唇を曲げた。
「おれを上手く育てられなかったのは、あのひとたちのせいじゃないしな。別の子供なら上手く育てられただろうさ――多分、今頃はそいつとうまくやってるだろう」
 おれの後に与えられた子供とは、きっとうまくやれているように――おれにはそんな権利はないけれど、一応そう願ってはいるのだ。
「ふうん」
 インクは腑に落ちない顔でそう呟いた。
「そういうもん?」
「ああ」
「会いたくないの……親とか、ええと弟? 妹? とか」
「いや……、」
 おれは苦笑した。
「会わないほうがいいだろ。向こうも会いたくないと思うぞ……アウト・スカートになった息子やら兄やらになんて」
 まあ、おれがあの人たちに今でも息子と思われているのかどうかは疑問だ。
 おれはあの人たちを恨んでいないし、憎んでもいない。愛していたかどうは、わからない。
 あの人たちは、どうだろう。多分、かつてはおれを愛していた。では、今は?
「……そう」
 何故か、答えたのはミトだった。

  ○

 とりあえず、今日はこのあたりで切り上げよう、と何故か未だについてくるふたりを従えて、おれは自分のねぐらへと戻ることにした。
 その帰路に、おれはとある顔見知りとばったりと出くわしたのだった。おれが、げっ、と呟くよりも先におどるような足取りで歩み寄って来る。こうなったら、逃げられない。
「ヒイロ、久しぶりねえ。元気にしてた? で、だあれそのひとたち。見ない顔じゃない? 新入り? 名前は何て言うの? それから」
「少し黙れ……ノーラ」
 おれは溜息混じりにその名をつぶやいた。
 ノーラは、おれよりもこぶし一つ分は確実に高いその長身をくねらせ、うふふ、と笑う。
「ごめんなさい、久々にヒイロに会えたからうれしくって」
「黙れ」
「はじめまして。わたしはミト。それから」
 いやに馴れ馴れしいノーラの出現にも動揺を見せず、落ち着いた口調で自己紹介するミトに、インクが続ける。
「おれはインク。よろしくね? おにーさん」
「……おにーさん、じゃないわよ? インクくん」
 ノーラは笑顔のまま、眉をわずかに吊り上げた。
「どちらかというと、おねーさんって言って欲しいわ」
「ふ、ふぁい……」
 伸びた手にぎりぎりと頬を抓られ、ヒイロは情けない声を出しながら頷いた。おれのときのように、反撃する気はないらしい。見た目が美女だからか。不公平だ。
 短いスカートから伸びるすらりとした脚。長く伸ばした艷やかな黒髪――しかしながら、確かにインクの言うとおりである。彼女は、いや、彼は、生物学的には男性だ。しかし、本人曰く「ちょっと心が体の性別とは合わなかったのよねえ」ということらしいから、まあそんなものなのだろう。どうでもいいことだ。
「連れが失礼しました、ノーラさん」
 ミトが冷静に謝罪する。
「別に? 慣れてるからいいけどね」
 ぱっとインクの頬から手を離して、ノーラはにっこりと微笑んだ。
「それで? このひとたちの名前はわかったんだけど、ようは新入りってことでいいのかしら」
「実はおれも知り合ったばかりで、良くは知らん」
 おれは曖昧に誤魔化した。
「ええ、わたしたち」
 ミトはしれっとした顔で言ってのける。
「ここに来たばかりなんです」
 ――大嘘ではない。しかし、真実でもない。どこから来たかは、語っていない。
「ふうん? まあ、いいわ」
 ノーラはひらひらと手を振った。
「同じリンビックに生きるもの同士、これからよろしくね?」
「はい」
 ミトは真顔で頷き、そして少し迷うように躊躇ってから、言葉を続けた。
「あの……、失礼ですが」
「ん? なあに?」
 ノーラは明るい女、男? いや女である。無愛想でぶっきらぼうなおれにも、何かと構って世話を焼いてくる――それで、こうして道端で世間話をする程度の間柄にはなっているというわけだ。
「ノーラさんが、アウト・スカートになった理由、というのは……」
「おい、」
 遮ろうとしたおれを制し、ノーラは苦笑した。
「ここでそういう質問は御法度だと思っていたのだけどね?」
「そうでしたか、それは申し訳ありません。良く知らなくて」
 ミトはすぐに謝罪し、頭を下げる。別にいいわよ、とノーラは明るく言った。
「何となく想像がつくかもしれないけれど……」
 ノーラは、ふ、と寂しげに笑う。
「あたしはシック・スカルドの定めた番の女を拒絶したの。それで、ここに来たのよ」
「…………」
 それはおれも初耳だった。というよりも、おれたちはそれぞれお互いが何故リンビックに落とされたのかを尋ねない。ノーラの言うとおり、それが暗黙のルールだからだ。
 ――まあ、ミトがそれを知らないのは無理もないのだが。
「全く、どうせならいい男と番になりたかったわよ。ね? ヒイロ」
「なんでそこでおれに同意を求めるんだ」
 おれは憮然とそう答え、そしてちらりとミトを見遣った。
「…………」
 彼女は目を伏せ、また何事かを考えている。一体何を思案しているのだろう。ノーラのこと、アウト・スカートのこと、リンビックのこと、或いはセントロメアのこと。シック・スカルドのことか。
 おれは、はあ、と聞こえよがしにため息をついて、そしてノーラに告げた。
「せっかくだし、一杯やるか」
「珍しい! ヒイロのおごり?」
「んなわけねーだろ、ばか」
 おれの肩にしなだれかかってくるノーラを払い除けながら、おれたちは「酒場」に向かって歩き始めたのだった。