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機械は鏡を覗かない

 ハルとアキは、双子の機械化人間(メカノイド)だ。
「ぼくらはそうでなければ生き残れなかったんだよ」
 ハルはにこにこと笑いながら、そう言う。リュウは、驚いて目を瞬かせた。彼もまたメカノイドで、先日このコミュニティに加わったばかりだった。ここにはメカノイドしかいない。その事実に、彼はまだ慣れていない。
「どういう意味だ?」
「うん? だから、ヒトの身体のままだったらぼくらは死んじゃってたってこと。メカナイズドしてもらえたから助かったんだ」
「ふうん……」
 リュウはちらりとアキを見た。さすが双子だ、良く似ている。栗色の髪も、少し灰がかったみどり色の目も。だが、アキはひどく無表情で、にこやかなハルとは対照的だった。今もそうだ、アキはリュウの存在になど気付いてもいないような様子で、芋の皮を剥いている。今日は彼ら三人がこのコミュニティの調理当番だ。別の者が掃除当番をしていて、また他の者は洗濯当番をしている。そうやって、ここは成り立っている。
 世界からその存在を否定され、抹消されたメカノイドの隠れ里。
「なんで、さ」
 リュウは包丁でチキンをぶつ切りにしながらつぶやいた。
「メカノイドは廃棄処分、なんて決まったんだろう。別に、なんの問題もなかったろ」
 ヒトはヒトの手による進化を目指した。ただそれだけのことだった。筋肉や骨格や神経を、時には臓器の一部を、機械で置き換えただけ。そんなことで、ヒトはヒトではなくならない。リュウは確かにヒトだった。ヒトとして過ごしていた。突然統一政府による≪メカノイド≫の「廃棄処分」が決まった後も、彼は己の身体をひた隠しにしてヒトとして生きていた。あの日、愛していた女性に裏切られるまで――アンチ・メカノイド・アーミィに密告されるまで。
 ハルは困ったように微笑みながら、大鍋に水を張り、湯を沸かす。
「そうだねえ、どうしてだろう」
「……女王が産まれたからだよ」
 ぽつりと、アキが口を開いた。ハルが鋭く彼を制する。
「アキ!」
「女王?」
 リュウはぽかんと口を開けた。
「何のことだ?」
「アキ、何訳のわかんないこと言ってるの」
 ハルは笑う。わざとらしいくらいに困惑した表情を浮かべて、リュウを見遣った。
「ごめん、アキは時々妙なことを言うんだ」
「……お、おう」
 アキはリュウのことを見ようともせず、じっと俯いている。リュウの視線に気付かないわけでもないだろうに。
 ハルが、探るような眼差しでリュウを見つめている。そのことに気付いた彼は、話を変えた。
「鍋、沸いてるぞ」
「あ、本当だ」
 ハルは慌てたように電磁調理器の出力を下げる。その薄ねずみ色のシャツの袖からつき出した左腕はメカナイズドされていて、ちょうどアキの右腕と対になっているかのようだった。
 まるで鏡合わせのような双子だ、とリュウはこっそり考えた。ハルは笑う。アキは笑わない。ハルは話す。アキは話さない。
 では、嘘を付いているのは? 隠し事をするのは? どちらだ?

 ハルとアキは二人部屋である。この部屋にはよくある二段ベッドではなく、少しばかり幅の広いベッドがひとつだけ、部屋の中央に置かれていた。掛け布団は二組。右がハルで、左がアキだ。彼らはいつでもそうだった。右がハルで、左がアキ。そうすれば、互いのヒトの部分が外側になる。もし機械の部分を中抜きして除くことができたなら、ちょうどひとりの人間として合わさることができるのだ。
 アキを連れて部屋に戻ったハルは、厳しい顔で彼を見つめた。
「余計なこと言うなよ、アキ。女王の話は秘密だって、エイジに言われているんだろう」
「…………」
 アキは俯き、黙って答えない。ハルはぐいと彼の肩を揺らした。触れるのは、左肩。いつだって、同じ。右手を伸ばす。これも同じ。
「ここを追い出されたら、どうするつもり? そうでなくても、ここを彼らが捨てたら」
「…………」
「困るのは、ぼくらだ」
「エイジは」
 アキはぽつりと言う。
「女王を守りたいんだろう? だったら」
「違う」
 ハルはアキを遮った。
「エイジは、女王を支配したいんだ」
「何が違うの」
 アキはつぶやく。
「おれはハルに守られているけど、支配もされてる」
「支配?」
 ハルは、声を上げた。
「ぼくが、アキを?」
「おれは、それでいい」
「アキ?」
 アキは自分の両手をじっと見つめていた。彼の右手は、人工皮膚を被った機械だ。ハルの左手がそうであるのと、同じ。
「アキ」
 ハルは彼の名を呼び、そっと抱き寄せる。
「ずっと一緒だよ。ぼくら二人でならきっと生き抜ける。何があっても大丈夫だから」
「うん」
「ぼくがアキを守るから……」
 まるで祈るように、ハルはつぶやく。
「ハル」
 アキは目を閉じる。何かを諦めるように。
「だから、ぼくをひとりにしないで」
 ――アキに何かあったら、ぼくは……。

 思い出す。彼らが逃げ出した日。メカノイドの廃棄が発表され、突然軍が押し寄せた日。まるで駆除されるべき害虫でもあるかのように、圧倒的な火力でもって爆破され、灼き尽くされていったたメカノイドたち。
 なぜ。なぜ。
 混乱して身を隠そうとするハルに、アキは冷静に言った。
「ハル。どうする」
「どうする、って、何が」
 定期検診との名目でメカノイドのメンテナンス施設に呼ばれ、突然襲われた。何人ものメカノイドが目の前で破壊され――否、殺された。家には帰れない、とアキは言う。政府は彼らを逃さない。
「じゃ、じゃあ、父さんと母さんには」
 涙ぐむハルに、アキは首を横に振った。
「選んで。ここで、壊されるか。生き延びるか」
「え……?」
「おれは、どっちでもいい」
 アキは、あくまで穏やかだった。死を目の前にしているとは思えないほどに――。
 爆音が響く。熱風がそよぐ。何度となく繰り返す振動に、吐き気を催しそうだった。彼らが身を隠してしゃがみ込んでいる壁も一部が崩れ、天井は今にも落ちそうだ。
 そんな中、ハルはアキをぽかんと眺めていた。――物心ついた時から、ずっと側にいた片割れ。寡黙で、無表情な、彼の双子の弟。いつも、彼はハルの後ろを歩いていた。いつでも、ハルが彼を守ってやらなければならなかった。そのはずだった。けれど今、怖がっているのは――自分だ。それでも、アキを守ってやれるのは、自分しかいない。このままでは、アキはあっさりと諦めてしまう。命を、捨ててしまう。そんなことはさせない。
「アキ」
 ハルは震える声で言った。
「逃げよう」
「ハル」
 アキはぐっとハルの手を握った。アキの左手と、ハルの右手。
「おれに着いてきて」
 飛び出したアキに着いて、ハルは走った。飛び交う砲弾を避け、身を低くして、全速力で。建物を抜け、ハイウェイを疾走る。アキの左脚とハルの右脚、メカナイズドされた二本の脚は何台もの車を追い越したが、きっとそのことにすら誰にも気付かれていなかっただろう。おそろしいスピードで疾走った。
 どこに向かっているのか、あてはあるのか、ハルは尋ねなかった。今この瞬間に破壊されても、それならそれでいいと思った。
 ――だって、アキの手がこんなにもあったかくて、強いんだもの。
「ハル」
 やがて、アキが声を上げた。
「跳ぶよ」
 地上十数メートルの高さの橋脚から、飛び降りる。翼のない彼らはただ墜落するのみであった。
「わわ」
 さすがに勢い余って尻餅をついたが、しかし彼らに怪我はなかった。
 アキはすぐに立ち上がり、一点をじっと見つめる。
「ここ、どこ?」
 ハルはあたりを見渡した。工場地帯だろうか。ひとけはなく、無骨な箱型の建物と、大蛇のようにまとわり這う太いパイプと、天を突き上げる煙突。いつしか陽は落ちていたが、明かりはちらちらと灯っている。こんなところに来て、どうしようというのだろう。追手は振り切ることができたかもしれないが、この後自分たちは一体――。
「アキ……」
「来た」
 アキはぽつりと言った。ハルははっと口をつぐみ、彼の視線を辿る。
「あれは、……」
 夕闇の空を切り裂いて落ちてくる、一条の光。
 それは、彼らの目の前で止まり、振り向いた。プラチナブロンドの長いツインテールが、闇に円弧の軌跡を描く。
「エイジ、見つけた」
 つぶやく高く澄んだ声。少女の淡い色の瞳が、ハルとアキを順に映す。
「壊されたくなければ、来て」
 その言葉は、たしかに彼らに向けて発せられたものだった。ハルはアキの横顔を見遣る。アキはじっとその少女を見つめていた。まるで睨んでいるようじゃないか、とハルは思う。
「来て」
 繰り返した彼女が、ふと顔を上げた。
「……?」
 遅れて、ハルの耳もその異音を捉えた。何かが近付いてくる。圧倒的な質量が、ものすごいエネルギーを携えて――。
 追手だ。ハルは青褪めた。こんなところまで追ってくるなんて。政府は本気だ。本気で、メカノイドを根絶やしにするつもりなのだ――!
 震えるハルの右手を、アキの左手が握りしめる。
 突然、少女がふわりと宙に浮いた。その背中に、いつの間にか鋼線で形作られた二枚の翼が生えている。
「少し、待ってて」
 ――なんだ、このメカノイドは。こんなの、見たことない。
 当惑するハルを無視して、少女は追手の迫る方角へと飛んだ。
「ちょ、ちょっと!!」
 呼び止めようとするが、間に合わない。
「なんなの、あの子……」
 思わずつぶやいたハルに、アキは囁いた。
「女王、だよ」
「え?」
 ハルはぽかんとして、聞き返す。
「なんだって?」
「あれは、女王――機械(メカ)の女王」
「何を言って、」
 轟音と地鳴り。あたりがまるで昼のように眩しく照らし出される。ハルは音と光の方角を見遣り、息を呑んだ。
 空が、燃えていた。燃えているのは、彼らを追ってきたはずの軍だ。ということは、それをやったのは――。
「!」
 逆の方向から突然眩しく照らし出され、ハルは驚いて振り向いた。そこに停まっていたのは、一台の車輌だった。シンプルなバン。軍属ではない。
 かすかに響いていた口笛が止み、扉が開く。
「お待たせ」
 地面に降り立つ青年は、そう言って笑った。
 どこかで見覚えがあるような、ないような――これは誰だっただろう。
 目が廻る。頭がふらつく。吐き気がする――ハルはそのまま、気を失った。

「中枢神経系とのシンクロ率が高いんだな、きみは」
 浮上する意識のはざまで、彼はその言葉をおぼろげに聞いた。
「メカナイズド率も高いからかもしれないけどね。双子とはいえ、きみはこの子から分離された方だろ?」
 これはアキの声じゃない。では、誰の声だ?
「女王――女王ね、なるほど。そのネーミングは面白い。でも」
 男は優しく、しかし力強く、つぶやく。
「そうはならない」
「どうでもいい」
 アキ。
「ハルを守れたら、それでいい」
 アキ。
 ぼくもだよ、アキ。
「ハル?」
 目を開けると、そこにはアキがいた。鏡を覗き込んでいるみたいだ、とハルは思う。
「気がついた?」
 どうやら、自分は車両の後部座席に寝かされているようだった。ハルは起き上がり、運転席を見遣る。バックミラー越しに、先程の青年がちらりと視線を寄越した。その左腕はメカナイズドされている。やはり彼もメカノイドなのだ、とハルは思った。
「エイジだ。よろしく」
 その隣、助手席に座るのは、あの小さな――それでいて恐るべき力を秘めた、メカノイドの少女だった。振り向くことなく、真っ直ぐに前を見つめている。
「助けて下さったんですよね。ありがとうございます」
 ハルが軽く頭を下げると、エイジは目を丸くして少しだけ笑った。
「どういたしまして。仲間は多いほうがいいから」
「残ったメカノイドを集めて、こっそり暮らそうって。エイジが」
 アキはハルを見つめ、尋ねる。
「ハルは、それでいい?」
「う、うん……アキは?」
「おれは」
 アキはほんのわずか、微笑んだ。
「ハルと一緒にいく。どこへでも」
 一緒だよ、ハル。生きる時も、死ぬ時も。
 それを聞いたハルは頷き、アキと同じように微笑んだ……。

 夢にも似た記憶の淵から浮上し、ハルは小さくつぶやいた。
「女王、か」
 彼女が生まれなければ、≪メカノイド≫はこんなふうに迫害を受けることはなかったのだろうか。彼女が、いなければ――。
「違う」
 ハルは寝返りをうった。
「ヒトが、女王を恐れたからだ」
 だから、メカノイドの一掃が決まった。政府は、彼らを切り捨てた。
 女王は――彼女は今、何を想うのだろう。
 何を望むのだろう。
 そして、彼女の側にいるあの男は……。
「エイジ」
 そう名乗っている彼。
 やはり、見覚えがある。ハルとアキがもっと幼い頃。メカノイドの施設で何度か見掛けた、若い博士。間違いない、あれはエイジだ。だが、その頃彼は違う名を名乗っていた。
「ドクター・イプシロン……」
 しかし、彼は人間だったはずだ。メカナイズドされてはいなかった。
 なぜ、彼はヒトを捨てたのだろう。何のために。
 誰の、ために。
 ハルは薄目を開け、アキを見つめた。――同時に、アキが目を開けていた。
 視線が交叉する。
 まるで、鏡だ。

「必ず、守るよ」

 それはどちらが発した言葉なのか、もうわからなかった。