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機械は生命を盗まない

 トラックは、冷たい夜の中に黒い煤を吹き上げ、ハイウェイ上を走っていく。粗悪なオイルの匂いに顔をしかめながら、運転席に座る男は窓を開けた。大音量で響き渡るのは、大昔に流行したロックだった。
 深夜ということを差し引いても尚、ハイウェイはひどく空いている。この辺りは廃棄された工業都市で、住宅はない。時折すれ違う車も、彼の運転するのと同じ、物資を輸送する大型トラックばかりだった。両脇に聳え立つ無人のはずの廃墟の群れの中、ぽつん、ぽつんと灯る明かりが一体何の――誰のためのものなのか。男はできるだけ考えないようにしていた。
 ひたすらにトーキョーを目指し、真っ直ぐに続くハイウェイ。慣れているとはいえ、ひとりでこのしらじらとした街灯に照らされた道をひた走るのは気味が悪い。男がカーステレオから流れるロックの音量をさらに上げようとした、その時だった。
 ――口笛が、聞こえる。
 もちろん男は口笛など吹いていない。だが、口笛はずっと聞こえ続けている――同じ大きさで、一定の調子で。男は顔をひきつらせ、タコメーターを確認した。時速二百五十キロ。バックミラーにも後続車は映っていない。それでは、この口笛はいったいどこから……。
 激しい振動がトラックを襲った。と同時に響く、ガコッ、と硬質な音。
「ひっ」
 男が短い悲鳴を上げるのと同時、その眼前に腕が――皮膚の下に不自然に這うコード、関節から付き出したボルト――機械(メカナイズド)された腕が、にょきり、と突き出していた。男はおそるおそる頭上を見上げる。
「――――!!」
 もはや、悲鳴も出ない。
 男の運転していたトラックは急ブレーキと同時に激しくスピンし、壁に激突した。

「う……うう」
 一瞬、気を失っていたらしい。男は何度か瞬きを繰り返し、やがて目を見開いた。自分の身体は、大破したトラックの残骸に埋まっている。左足に激痛が走るのは、きっと折れているからだろう。一命をとりとめたことが不思議なくらいの事故だ。男はしかし安堵した様子もなく、怯えたように辺りを見回した。
 ――先ほど、気を失う前に見た光景。あれが間違いではないというのなら、辺りにはきっと……。
「こっちだ」
 男の頭に衝撃が加わり、彼は小さく呻いた。声のほうへと目を向け、顔を顰める。
「やはり……!」
 「機械化人間(メカ・ヒューマノイド)」――通称メカノイド。その単語を思い浮かべ、男は忌々しげに眉を寄せた。それと同時に、彼のこめかみに再度衝撃が加わった。どうやら目の前のメカノイドに蹴られたらしい。男は怒りを胸に、それを見上げた。
 特にどうという特徴のない、二十代前半くらいの年齢の青年である。少なくとも彼の左前腕には機械化が施されているようだが、全身がどの程度機械化されているのかはわからない。黒っぽいTシャツとデニムに身を包んだその青年は、にやにやと笑みを浮かべながら男を見下ろしていた。
「いい趣味だね」
 何のことだ、と言い返す前に、青年が口笛を吹き始めたことでその疑問は氷解した。こんな時に、音楽の趣味の話か。男は痛みに脂汗を浮かべながら、口を開く。
「お前、こんなことをしてどうなるか――お前の存在は既にドライブ・レコーダを通して中央に知られたはずだ。すぐに対機械化部隊(アンチ・メカノイド・アーミイ)が来るぞ。お、俺の口止めをしたって無駄だ。お前は、すぐに捕まって、それで……」
「それで?」
 口笛を止めても、青年のにやにや笑いは変わらない。
「アーミイができてから、もうどれくらい経つんだっけ? アーミイが俺を捕えられるなら、もうとっくに捕まってる。俺はもうずっと、ここで強盗やってんだから――わかるだろう?」
「…………」
「そんな恐い顔するな。別に命まで取ろうっていうんじゃない。あんたの命は要らないよ」
 食えないし、と青年は肩をすくめる。そうして、背後を振り返った。
「リリ、荷造りできたか?」
「うん」
 男はあ、と声を上げた。青年の背後に立つ、小柄な少女。その両手は、彼のトラックが積んでいた三トンのコンテナを軽々と持ち上げていた。頭上に差し伸べられた華奢な腕のその先端――指先は機械化されてしなやかな金属の網目となり、積荷を包み込んでいる。
 なんだ、これは。男が最後にメカノイドを見たのは十年ほど前のことだが、しかし当時こんな機能を有するものなどいなかった。ぽかんと口を開けて眺めていると、少女の、まるでハイウェイ脇に並ぶ電灯のような、うすい黄金色の瞳が男を冷たく一瞥した。
「これは、ここに置いておくの?」
 これ、という言葉が指すものが己の存在だと悟り、男は震えあがる。少女の視線に捕われると、生きた心地がしなかった。生暖かい感触が両脚の間に広がり、男は己が失禁したことに気付く。
 青年は、首を横に振った。
「別に、こいつの命は必要ないだろう? ハイウェイ・パトロールが助けに来てくれるまで、ここにいてもらうけどね」
 青年の言葉に、少女はうなずく。
「じゃあ、行こう。エイジ」
 青年は最後にひとフレーズの口笛を吹き、その少女とともに――三トンの積荷を盗んで、姿を消した。
 震えながらじっと痛みに耐える、男を一人残して。

 エイジとリリはハイウェイから跳び降り、とある廃工場の前に降り立った。ふたりの機械化された脚は、十数メートルの高さからの跳躍など、ものともしない。リリに至っては、三トンものコンテナを抱えたままである。
「下ろしていいぞ」
 エイジの声に従い、リリはコンテナを下ろした。指先の形状を元に戻し、エイジを見上げる。彼女は瞳と同じ色をした淡い金髪を、左右にわけてゆるく結わえていた。その頭を軽く撫でながら、エイジは高い音で口笛を吹く。
 その音を合図に、辺りから二十名ほどの少年少女が現れ、コンテナに群がった。皆、四肢や体躯の一部分を機械化されたメカノイドたちだ。
「エイジおかえり!」
「リリも、ありがとうな」
 固く施錠されていたコンテナの蓋を軽々と引き剥がし、放り捨てる。舗装された地面に激突した厚い蓋が、轟音を立てた。彼らは取り出した食料や機械類を分類し、倉庫へと運び込んでいく。
「…………」
 その様子を、エイジは廃ビルの頂上に座り、口笛を吹きながら眺めている。そのメロディは、ずっと昔に活動していた、少しマイナーなロックバンドのものだった。リリは彼の隣に座り、足をぶらぶらと揺らしている。彼女が履いているのは、少し前に今日と同じように強奪したコンテナの中にあった靴で、エナメルのような光沢を持つ高級そうなそれは、エイジが彼女に選んでやったものだった。
 リリはわずかに首を傾げた。
「エイジ、何考えてる?」
「別に、何も?」
 鋭い風が、エイジの黒髪を乱す。細めた目は、眼下ではなくもう少し遠いところを見ているようだった。
 彼らの頭上に、星は瞬かない。
「そう」
 リリはにこりともせず、エイジの肩にことりとその小さな頭を乗せた。
「…………」
 エイジはちらりとリリの頭を見下ろし、そして口笛を吹き続ける……。

 ――機械化計画(メカナイズド・プロジェクト)は、約半世紀前から始まり、十年程前に頓挫した。それは、人間の体に機械を組み込み、強化するためのプロジェクトだった。人類の手による、人類のための、人類自身の進化を目指し、脳以外のあらゆる部位における機械化が試みられた。様々な機械化人間≪メカノイド≫の試作品が作られ、その素体のほとんどは子供たちであった。
 しかし――ある事件をきっかけに、計画は中止となった。作成途中の素体は全て廃棄され、完成品も全て殺処分となった。
 その理由はというと、実のところは呆れるほどに簡単で単純なことで、つまり……。
「リリ」
 エイジが名を呼ぶと、彼女はすぐに顔を上げた。いつもの茫洋とした無表情だが、それでもその瞳は真っ直ぐにエイジを捕らえている。
「降りようか」
 リリは無言で、背中から無数のワイヤーを吐き出した。それは絡まりあって翼のような形を作る。エイジは差し出されたリリの腕を取り、そうして百メートル以上の高さから身を躍らせた。
 二人はリリの翼で滑空する。こんなことができるメカノイドは、彼女以外他にはいない。
 「完全機械化人間(フル・メカノイド)」。今や、彼女ひとりがそう呼ばれる存在だ。そしてそれこそが機械化計画を中止させ、メカノイドの破棄に踏み切らせた原因なのだった……。
「アーミイなんかに手出しできるわけがない」
 エイジはつぶやく。
「手出ししたら最後――地球が吹っ飛ぶ」
 地面に降り立った彼らを、メカノイドたちが取り囲んだ。
「ご飯食べようよ、エイジ!」
「お腹減ったよう」
 騒ぐ彼らを軽く宥めながら、エイジはリリの手を引いて歩く。リリは食事がとれない。まずは彼女を部屋に連れ帰ってやらなければ……。
「リリ、眠れそうか」
 エイジの問いに、彼女はこくりと頷いた。

 ――あの日から、俺はこいつと生きると決めたのだ。
 こいつが俺を殺した、あの日から。