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機械は孤独を愛せない

 ユーイチが、左脚がうまく動かない、とエイジに訴えて来たのは、とある日の夕暮れ時だった。
 ジーンズをめくり上げて示す脚は、機械化(メカナイズド)されている。皮膚の下を這うコード、控えめにではあるが突出したボルト。
「動くのは動くんだけど、なんか違和感があってさ……」
 メカナイズドされた四肢は、そう簡単には傷まない。エイジはあくまで平静を装い、夕飯の後にでもちょっと見せて、といった。
 ――同じような訴えはユーイチが初めてではない。そのことを、エイジは彼に伝えなかった。

 メカナイズドプロジェクトが頓挫してから、どれくらいが経っただろう――もう十年以上は経つか。
 人類の進化を目指し、華々しく打ち上げられ、順調に進行していたかに見えたプロジェクト。人の肉体の一部を機械に置き換え、強化する。数十年前から開発が始まったその技術は、十数年前には安定して実用化されるようになった――かのように見えた。
 だが、それは一夜を境にして潰え、抹消された。プロジェクトの存在だけではない。生み出された機械化人間(メカノイド)の「廃棄」すらも速やかに取り決められた。
 メカノイドは人ではない。
 法律がそう定め、統一政府によって人類の敵と見做された彼らは、たとえいかに優れた運動能力と頑丈な身体を持ち合わせていたとしても、それでもやはり生き延びるのは困難だった――メカナイズドの施術を受けたのが、可塑性の高さゆえにまだ幼い子供たちだったということも、そのひとつの理由だろう。
 施術を受けた子の両親らの必死の訴えは、圧倒的少数派であるゆえに無視された。彼らは人間の敵だ、危機だ。そう決まったのだ。何者にもそれは覆すことはできない。
 多くのメカノイドはなす術もなく破壊され、かろうじて生き延びた少数の者たちは身を寄せ合うようにして暮らしている。そのコミュニティの中心にいるのが、エイジと彼の連れている特別なメカノイドの少女――リリだった。

「様子を見るしかないな」
 エイジがソファに腰掛けたユーイチの脚を観察しているのを、リリは少し離れた場所にある椅子に腰掛けてぼんやりと眺めている。
 光に透けるような金の髪と同じ色の瞳。そのツインテールはエイジが結んでやっていると聞いて、皆驚いたものだ。エイジは器用なんだね、と言われた彼は曖昧に笑っていたが。
 エイジは軽い調子で確認した。
「普通に歩いたり走ったりする分には支障はないね?」
「それは大丈夫」
 尋ねるエイジに、ユーイチは頷く。
 エイジは机の上に置いたコンピュータに、データを打ち込んでいた。先程計測した脚の可動域、耐荷重、神経電動速度、そういった数値を手早く入力していく。ユーイチには何一つ理解できない。
 エイジはすごいね、とユーイチはつぶやいた。彼はユーイチらより数年ほど歳上だが、彼の様々な能力はそれだけが理由ではないだろう。エイジはリリとはまた違う意味で特別な存在なのだ。それは何もユーイチだけの認識ではない。
 そのエイジが、少しも慌てる様子を見せていない。その事実がユーイチの緊張を和らげた。
「なら、いい。ひどくなるようなら教えて」
「ん」
 ユーイチは頷き、ソファから降りた。その表情に不安の色はない。にっと笑って振り返る。
「故障かと思った」
 おれのここ、メカナイズドされてるだろ。
 それを聞いたエイジは微笑する。
「故障なら直せばいい」
「……そうだね、でも」
 メカノイドに関連するメカナイズド技術は、メカノイドそれ自身の殲滅が決定されると同時に全て破棄されたはずだ。つまり、今後もしメカノイドが故障したとしても――。
 ふとそのことに気付き、ユーイチは足を止めた。
「誰が、直せるの?」
「…………」
 エイジは微笑みを浮かべたまま立ち上がり、ユーイチの側に歩み寄るとくしゃりとその髪を撫でた。
「心配いらない。大丈夫だから」
「…………」
 ユーイチは黙りこくってエイジを見上げている。彼はもう一度にこりと笑った。
「な?」
「…………」
 ユーイチはこくり、と頷く。その目の中に宿ったごく小さな不安の芽を見ないようにして、エイジは彼を部屋の外へと送り出したのだった。

 扉を閉めたエイジは、振り向いてリリを見た。その顔に笑みはない。
「……意外と保たないな」
 エイジの独り言にリリは反応しない。ただ、彼女は茫洋としながらもその目を離すことなくエイジを追っている。
 エイジはリリに話し掛けたわけではない。ぶつぶつと呟き続けた。
「アーミィに使われている機械技術を応用すれば修理は可能か……? いや、どうだろうな。生体パーツはもう作っちゃいない。生産プラントをいちから整備するとなると……途方もないぞ、これは……」
 エイジは椅子に腰掛け、足組みをしてコンピュータのディスプレイを睨む。その顔はひどく真剣だった。
 ――当たり前だ、このままでは。
「遅かれ早かれ――この劣化速度だと数年以内に皆死んじまう」
「え?」
 リリが初めて反応を見せた。顔を上げる。
「死ぬ? 死ぬって、」
「ああ、そうだ」
 エイジは乱暴に返答した。
「お前が生まれて初めて見た人間は、どうなった? あれが――死だ。覚えてるか?」
「…………」
 リリはこくり、と頷いた。
「覚えている」
「それと同じことが、俺達に起こる」
「…………」
 ――かつて行われた試算では、メカノイド用の生体パーツはもっと保つはずだった。短く見積もっても数十年。だからこそ、子供がメカナイズドされたのである。しかも、数十年後にはさらなる技術の向上が見込まれていた、そのはずだった。
 現実はその真逆だ。メカノイドは廃棄が運命づけられ、技術は根絶、しかもメカナイズドに用いられたパーツは試算よりも保たないときた。
「参ったな」
 エイジはちらとリリを眺める。――彼女には全く不具合が出てない。人間を元にしていない、人工子宮で人為的な遺伝情報を元に組み上げた、フル・メカノイドだからだろうか。初めから機械で作られ、維持されることを前提として計画された生命――だからこそ、齟齬が出ないのか。
 リリは食事をとらない。彼女のエネルギー源はまるで機械と同じ、電流である。彼女の心臓は巨大な容量を持ついわば蓄電池なのだ。
 そのリリは、いつになくその瞳を揺らしていた。
「しぬ、の」
 その唇が小さく震える。
「みんな?」
「……そうだな」
 エイジがリリの動揺に気付き、怪訝そうに目を眇めた。
 リリのつぶらな瞳が更に大きく見開かれる。
「エ、」
 掠れる声。
「……エイジ、も?」
「メカノイドだからね、おれも」
 エイジは苦笑する。
「一部が故障したらそう簡単にそこを切り捨てて生かす、ということはできないんだ、メカノイドは。そうしようとするなら、かなり大掛かりなオペレーションがいる。そんなことは今のおれの技術力じゃできない……機材もないし、それに」
 リリには理解できないだろうな、と思いつつも気の赴くままに語り続ける。
「メカノイドにはいつかは終焉が来る。それは多分――おまえがどうとか、そういったこととは関係なくて……思いの外それが早かったってだけだ、だから――」
 言葉が途切れた。エイジの声は、リリのその薄い胸に遮られて消えた。
 リリはエイジの頭をぎゅっとその腕に抱きしめている。
「いやだ」
 リリはきっぱりとそれを発音した。エイジはその細腕の中で身動きが取れない。リリの意図が読めない以上、彼にはどうしようもない。
 フル・メカノイドであるリリがそのつもりになれば、エイジの命など――否、この文明そのものを世界ごとひっくり返すことも容易い。生命を人工的に作り上げ運用させるということは、それだけのエネルギーを必要とする。
「何が、だ」
 エイジはリリに抱きしめられたまま、慎重に問い掛けた。
「何が嫌なんだ」
「みんなが死ぬのは、いや」
 リリは言う。
「エイジが死ぬのは、……絶対に、いや」
 エイジは身を捩り、彼女の顔を見上げた。
 リリはその幼い顔を歪め、じっとエイジを見下ろしていた。泣いてはいない――彼女にその機能はない。
「そんなの、許さない。いや」
「嫌って言っても、リリ」
「エイジ」
 リリは彼を遮り、きっぱりと言った。
「エイジがいなくなったら、わたしはこの世界を終わらせる」
「……な、」
 エイジは息を呑む。リリは表情を変えることなく、繰り返した。
「エイジが死んだら、わたしはひとりになる。ひとりきりでいることになる。そんなのはいや。だったらこの世界ごと壊すしかない」
「リリ、そんなことは」
「エイジ」
 眉を吊り上げたエイジに、リリは静かに言った。
「怒っても無駄。あなたにわたしは止められない」
「…………」
 ――確かにその通りだ。しかし。
 エイジはじっとリリを睨む。その視線の先で、リリの長い睫毛が小さく震えていた。
「…………」
 緊張に満ちた長い沈黙を挟み、エイジはふう、と大きくため息をついた。
「だったら、おれは」
 口元で僅かに笑う。
「何とかして生き延びる方法を考えるか――もしくは」
 リリの顔にそっと手を伸ばす。その頬は柔らかく、人を触っているのと何も変わらない。
 それでも、リリは泣くことすらできないのだ……。
「おれが、先におまえを壊すか――しかないな」
「…………」
 リリは大きく目を見開いて、そして微笑んだ。泣くことはできないのに、とエイジは思った。いつの間にか、こんな風に笑えるようになったのか。
「どちらでも良いわ」
 あなたと生きるか、あなたに壊されるか。
「わたしは、どちらでも」
「…………」
 エイジはふう、とため息をついてリリの手を自分から離させた。
「やれるだけのことはやってみる」
 何もせずに死ぬつもりはないし、そもそもリリを壊すことなど、自分が生き延びるよりずっと難しい。
「リリ」
 エイジはじっと少女を見上げる。
「もう少し、足掻いてみるか」
「…………」
 こくりと頷く少女。
 その輝く瞳の中に映る自分と目が合わぬように、エイジはそっと目を逸らした。
 そしてつぶやく――「アーミィを潰すしかないか」、と。その技術を、資源を奪うしかない。それ以外にメカノイドを生かす術はない。

 ――いよいよおまえと争う日が来るね、スノウ。
 エイジはリリがその肩にもたれかかってくるのを静かに許しながら、不意に微笑んだ。