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機械は人を恨まない

 メカノイドたちの動きが活発化している――その報告を聞いたノウブルは、その鋭く切れ上がったハシバミ色の目を薄く眇めた。そうすることで、画面に映ったレポートの中に潜む意図を探り出そうとでも言うように。
 やがて、彼は小さく唸り声を上げた。
「イプシロンはなんのつもりだ……!」
 彼と同じ、対機械化部隊(アンチ・メカノイド・アーミイ)の幹部ら数名の並ぶ円卓を眺め回し、ノウブルはその名を吐き捨てる。
 ドクター・イプシロン。
 機械化計画(メカナイズド・プロジェクト)において重要な役割を果たしていた最年少の研究者。プロジェクトリーダーであった、ドクターアルファの養子でもある。そして今や彼は、統一政府に弓引く存在――ヒトであることを辞めた、「機械化人間(メカ・ヒューマノイド)」――通称≪メカノイド≫。政府の定めた、メカノイド全廃棄の方針に抗い、数十人のメカノイドを集めて集団生活を送らせている、そのリーダー的存在であるという。彼がいなければ、もっと簡単にメカノイドは殲滅できたはずだったのに――もしそうであったなら、今尚彼らは例の脅威に怯えなくとも良いはずだったのだ……。
「しかし、何故今になって……」
 増え続けているアーミィの拠点への襲撃、略奪。今までは主に衣食住を担う輸送物資を狙っていたのが、明らかに軍の施設へと対象が変化している。一体、何の狙いがあってのことだろうか。
「フルに手が出せない以上、我々に勝ち目はありません」
 暗澹たる思考を滲ませ、幹部のひとりが口を開く。ノウブルはますます苦々しげに顔を歪めた。
 フル・メカノイド――人を機械化したのではなく、機械が人を模したもの。人の生みだした、偽物の生命。ドクター・アルファの呪われし遺作。人の創造物でありながら、人を殺めた「親殺し」。その身体に秘められたエネルギーは莫大で、下手に手出しをしようものなら文明の破壊者にでもなるであろう――ドクター・アルファは何というものを生み出したのだ、とノウブルは胸中に舌打ちをした。生み出しておきながらそれに殺されるなど、迷惑以外の何者でもないではないか。
 それにしても解せぬのはドクター・イプシロンだ、と彼は思う。彼がドクター・アルファに心酔していたのは間違いない。それなのに、何故彼は敬愛するドクター・アルファを殺害したフル・メカノイドを連れ、しかもわざわざ己をメカノイドに改造までして、政府の手から逃れたのか。メカノイドを集め、庇護しているのか。アーミィに敵対するのは何故なのか。――わからない。
 今も、彼の兄はアーミイにいるというのに。
 ノウブルはちらと思った――「彼」は、「彼」を殺せるのだろうか。
 「彼」は、「彼」を壊せるのだろうか。

 エイジは何かを探しているのだ、とミライは思った。だから、アーミイの基地をひとつひとつ虱潰しに叩き潰している。
 ミライはメカノイドである。他の皆と同じように、幼い頃施術を受けて「人類の進化の可能性」とまで言われていたメカノイドとなり、ある日突然政府から追われる身となった。破棄の手を逃れてエイジの作ったコミュニティに属し、自分もせと同じ身の上のメカノイドたちと共に生きてきた。彼が周りと少し違っていたとしたら、それは彼が常に「何故?」と問い掛け続けていたことだろう。その疑問符は時に友人に、エイジに、そして己にも向けられた。その疑問符の何割かは、ネットワークに接続されたデータベースが答えてくれたが、残りの問いには、必ずしも答えが見つかるとは限らなかった。それでも彼は怯むことなく問い続けた。そうせずにはいられない何かがあるかのように。
 いつしか彼はミライではなくハテナと呼ばれるようになり――そして今、彼はエイジと、その相棒とともにアーミイと戦っている。
 ここはアーミイの拠点の一つ。ビルの中は既に瓦礫と、武器の残骸で満ち満ちている。
「ねえ!」
 ミライは怒鳴った。そうしなければ、遠く近く鳴り響く爆音にかき消されて声が届かないのである。
「アーミイは全部機械でできてるの、どうしてかな?!」
「人が死なないためでしょ」
 あっさりと答えたのは、少し離れた場所に立つエイジであった。その手にはロケットランチャーが握られていた。彼の上半身と同じくらいの丈に、彼の腰周り程もある太さのそれも、メカナイズドされた彼の腕には重く感じられるはずもない、軽々と振り回している。
「アーミイの兵士は全部ロボットなんだよ。人が遠隔操作している、ロボット。自律思考は一切持たされていない」
「でもさ」
 ミライはくるりと後方に一回転しそのままの勢いで高く跳んで、飛来した爆雷を避けた。崩れた天井の穴からひとつ上の階の床に降り立ち、足下から吹き上がる爆風と瓦礫をやり過ごす。
「遠隔操作って不便じゃない?」
「そりゃそうさ」
 エイジは姿を見せたアーミイの兵士に向けて素早くランチャーをぶっ放した。二発、三発。
「いくら最近の無線の精度が良くなったとはいえ、情報はかなり制限を受けるよね。反応速度も段違い」
 ――だからこそ、たかだかこれだけの人数で基地ひとつが制圧できるわけだけど。
 ミライは背後から飛び掛かってきた兵士のそのひやりとした人工の腕を掴み、巨体を投げ飛ばす。どんな重量でも、ミライのメカナイズドされた腕には関係がなかった。倒れたその胸部、腹部に思い切り蹴りを叩き込む。べこ、と間抜けな音がして装甲が凹んだ。さらに一発、二発。ミライの足首を掴んだその腕を、彼は腰を屈めて容赦なく引きちぎった。ばちばちと火花が散る。やがて、ぶつん、という音と共に、その兵士は沈黙した。壊せたみたいだ、とミライはそれを一瞥する。
「じゃあ、ここでこいつらを壊しても、これを操作してる人間は無傷だってことだよね」
 それはハテナではなく確認だった。
「その通り」
 エイジは笑ってミライを見上げる。
「どう、気軽なもんだろう?」
「ん、まあ」
 人を殺さないといけないよりは、いい。
 ミライは答えて、そしてふと「ハテナ」を呟いた。
「アーミイの人は、僕らを殺すときどう思うんだろう?」
 躊躇うことなく――メカノイドは人間ではないから、と特に何の感傷もなく殺すのだろうか。それとも、少しは心を傷めてくれるのだろうか。
「どっちだろう?」
「どっちでも同じだよ」
 エイジは乾いた声で返答した。
「死んでしまったら、ね」
 ――殺した相手に悼んでもらったって、仕方がない。
「それもそうだけど……」
 ふと顔を上げたミライの目に、もうひとりのメカノイドの姿が映った。ひとつ残らずガラスの砕け散った、窓の外。そこに華奢な少女が浮いている。背中には鋼のワイヤーで象られた翼。細い両手にひとつずつ、ひどく損壊したロボット兵士の残骸をぶら提げている。
 長い金髪と、琥珀色の瞳。それが、ミライを無感情に眺める。
「……リリ」
 ミライはその名を口にした。
 リリはその色のない唇を、まるでわななくように小さく動かす。
「殺させない」
 それは、独り言だったかもしれない。
「死なせない――」
「あっ」
 ミライは思わず息を呑む。
 リリに向かって、無人戦闘ヘリが突っ込んでいく――鋼の翼が、リリを守るように広がり彼女を包んだ。
「あれあれ」
 エイジの暢気な声。
「フルに向かっていくなんて、アーミイも焼きが回ったのかな」
 ――「フル」って、なに?
 だが、ミライのそのハテナは、音になる前に爆音によって掻き消された。
「リリ……!!」
 ミライは慌てて窓へと駆け寄る。もうもうと立ち込める煙、しかしそれが晴れた後には、まるで何事もなかったかのようにリリがふわふわと浮いていた。ミライは絶句する。――やはり、彼女は特殊なメカノイドだ。自分にはこんな芸当はできない。
「さて、こんなところか」
 エイジはつぶやき、そしてこぶりなワンショルダーのバッグをよいしょと背負い直した。――来た時よりも幾分膨らんでいる。何を入れたんだろう、とミライは訝った。大きなものではないのは確かだけれど。
 ――多分、あれがエイジの探しているものの一部か、もしくはそれに近いものなんだ、とミライは思う。
 何のために。何を探しているんだろう。
 エイジの探しものは、この、僕の右の親指がほんの少しだけ曲がりにくくなったことと関係があるのだろうか。
 でも、きっとエイジはそのハテナには答えてくれないだろう。
 ミライはその代わりに、別のハテナをエイジに投げかけた。
「この建物、ヒトはひとりもいなかったのかな」
「そんなことないと思うよ?」
 エイジは振り返り微笑む。
「アーミイ自体はロボット部隊だけれど、このビルにはオフィスもあったろうしね」
「じゃあ、みんな逃げてしまったってこと?」
 このビルの制圧中、人影はほとんど見なかった。
「うん、あとシェルターに逃げ込んだものもいるだろうね」
 エイジは淡々という。
「他に逃げ遅れたものがいるかどうかは――さあ、どうだろう?」
 ――もしかしたら、何人かは死んだかもしれないけど。
「何はともあれ、援軍が来たら面倒だ。さっさと行こう」
 エイジはきっぱりとそう言った。ミライは黙って肯く。――やっぱり僕はエイジが少し怖い、と思った。

 文字通り壊れつつあるメカノイドを、どうやって救うのか――実のところ、エイジにはまだ策がない。しかしながら、手をこまねいてみているわけにもいかない。エイジ自身もメカノイドであるし、己がいなくなればこのリリを――この華奢な体の中に莫大なエネルギーを秘めたリリを独り遺すことになるが、彼女はその結末を強く拒否している――決して受け入れることはできない、そんな事態になれば世界を道連れにしてでも後を追う、と。
 エイジは自室に戻り、アーミイの拠点基地から持ち出した記録メディアにアクセスし、メカノイドに関する情報、あるいはアーミイの情報をチェックした。――ざっと目を通し、たいして新しい情報もなさそうだ、とため息をつく。今のところ、虱潰しに情報を集めていくしかない。メカノイドに関しての情報は全てアーミイが管理しているし、こうして挑発することでアーミイの出方を見る意味もある。今のところ、アーミイ側はただただ戸惑っているように見えるが。
 リリがいるからだろうな、とエイジは窓の外をぼんやり眺めている少女の後ろ姿を眺めた。
 誰にも壊すことのできない、フル・メカノイド。メカノイドの女王。ドクター・アルファが己の過去への罪滅ぼしを願い、自分を殺させるために作った――
「……リリ」
 不意に、エイジは彼女を呼んだ。リリがくるりと、長い金髪を翻して振り向く。その眼差しの先で、エイジはどこか茫洋とした顔をしていた。
「リリは、恨んでいないの。アキラ――ドクター・アルファのこと」
「何故」
 リリは澄んだ瞳でエイジを見つめている。
「君を作って、そうして勝手にいなくなっただろう?」
「いなくなったのは私のせい」
 私が、彼を殺したのだから。
「いや」
 エイジは首を横に振る。
「あれは彼の意志だった」
「…………」
 リリは少し考えるように首を傾げた。
「だったら……なおさら恨む理由なんてない」
「…………」
「恨んでいるのは」
 リリは呟く。
「エイジじゃないの」
「…………」
 エイジは思わず息を呑んだ。
「勝手に私を作り、そしてあなたに私を押し付けて勝手に死んだあの人を」
 リリはいつものように淡々と言う。
「ちがう?」
「ちが……」
 エイジの声はかすれ、そして語尾に至る前に掻き消えた。
 違う。そんなことはない。アキラを恨んだことなど……恨むはずなど……。
 ――本当に?
「…………」
「エイジ」
 リリが彼の名を呼ぶ。エイジはどこか虚ろな瞳で彼女を見返した。その視線の先で、リリは静かに微笑む。
「私は、生まれてきたことを悔やみはしない」
 ――たとえ、世界中の誰も彼女の存在を祝福してくれなくとも。恨まれようとも、憎まれようとも、疎まれようとも。それでも。
 生み出されなければ、創造されなければ――存在しなければ、何もなかった。無は無のまま。何も得られなかった。
 何トンもの荷重をやすやすと持ち上げるその細腕と小さな手で、彼女はそっと自分の肩を抱く。
「あの人がいなければ、あなたにも、みんなにも会えなかった」
 リリは言う。
「だから、私はあの人に感謝している」
「……そうか」
 エイジは乾いた声で呟き、そして左手で――メカナイズドされたその手で、己の顔を覆う。掌の下の顔はまるで泣き笑いのように、歪んでいた。
 ――彼はこの時、初めてこのフル・メカノイドの少女を心の底から愛しいと思った。