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That’s Legend.

 この国には「伝説」がある。
長らく隣国の属国として搾取されるがままであったこの国を導き、国家の礎を築いた――そして現在の王家の祖となった「神王」。
 名を、「清柳院(めい)」という。
 手に剣をとれば誰も彼を止めることは能わず、陣を組めばそれは鉄壁の城塞に等しかった。弁舌で並居る論客を圧倒し、彼の策謀は誰にも見破ることができなかったと伝えられている。
 天才。
 神の子。
 奇跡。
 魔王。
 様々な呼び名で彼は呼ばれるが、肖像画を見ると誰もがその勇ましい「伝説」とは似つかわしくない風貌に驚く。――何故なら、
「ああ、やはり」
 護は思わず苦笑した。
「初めてお会いした時、どこかで見たような……と思ったんですよね」
 新しい家庭教師として幼い王子に謁見した時、軽いデジャビュを感じた。それはこういう訳だったのだ。
「……そんなに似てるかなあ」
 傍らに立つ彪――冥の十七代目の子孫は、偉大な祖先の肖像を見上げて不思議そうに呟いた。
 この肖像画は良く知られたものである。国民誰もが紙幣で、壁画で、または歴史の教科書で、見たことがあるだろう。護もそれは例外ではない。
「お綺麗な方ですね……」
 独り言のような護の呟きに、彪はかすかに頬を染めた。何となく自分のことを言われているような気分になって恥ずかしい。
 確かに冥は美しく描かれていた。年の頃は二十歳過ぎか。当時の風俗か、長く奔放に伸ばされた金髪は豊かに輝き、背後の濃い紅色の旗に良く映えている。白皙の頬の上に大きく開いた目。それはサファイアのような色でありながら、石には見られぬ情熱の色が宿っていた。白銀の甲冑に白いマント。岩を踏みつけるブーツまでも白く。戦場にあっては軽装といえるだろう。胸当ての下から覗くシャツはベルベットのような光沢を持つ濃紺であった。きりりとした眉はしかし細く、引き締められた唇でさえもふっくらと艶やかで――有り体に言えばかなり女性的な面立ちなのであった。
「…………」
 思わず側の彪と見比べるが、やはりそこにも少女のような面影の少年がいるのを見て、護は小さく噴き出した。
「な、何だよ!」
 怒ったように眉を上げるとますます肖像画にそっくりだ。だが護は笑みをおさめ、ぽんぽんと彪の頭を優しく叩いた。
「本当に良く似ておいでですよ」
「……そう……かな」
 しかし彪の表情は優れない。
「……?」
 護は怪訝そうに眉を寄せた。
「どうかなさいましたか?」
「……ううん」
 彪は首を横に振る。
 だが護が沈黙でもって促すと、彪はゆっくりと口を開いた。
「あのね。王位を継承する時はこの肖像画の前でやるんだって」
「そうなんですか?」
 護にとってそれは初耳だった。
「うん。ここは倉庫だけど、その時だけは王座のある謁見の間に持ち出すから」
「……へえ」
「それで、誓うの」
 まだ幼い顔が何かに怯えたように引きつる。
「『貴方の名を汚さぬ王になる』って……」
「…………」
 ――なるほど。護は静かに納得した。
 この生真面目な王子は、とっくに形骸化しているに決まっているその言葉にプレッシャーを感じているのだ。いにしえの「神王」に恥じぬような王にならねばならぬと。その容貌が似通うと言われるゆえに、余計意識してしまうのだろう。
「でもねえ、彪さん」
 護は軽い調子で告げる。
「いくらこの方が神みたいな人と言っても、もう亡くなっていますから……」
「……うん?」
「この人は子孫の所行がどうであっても、恥ずかしがったりしませんよ」
「…………」
 一瞬黙り込んだ彪だが、すぐに噴き出した。
「あ、当たり前だよ!」
 恥ずかしがる「神王」を想像してしまったのか、彪の顔は真っ赤である。
「だったら、いいじゃないですか」
 護はあっけらかんと言った。
「どうせ『神王様にお恥ずかしい』とか『顔向けが』とか言っているのは『今、生きている』人間でしょう?」
「……うん」
「だから」
 護はその長身を屈めて彪を見つめる。
「貴方は今目の前にいる、生きた人々に――国民に恥じない王になればいいんです」
「…………」
 彪は少しの間唖然として――やがて表情を花のように綻ばせた。
「うん!」
 彼の笑みが伝染したかのように、護もふっと表情を緩ませる。
「僕、護にも恥じない王になるよ」
 彪は勢い込んで言った。
「僕は護の『教え子』だものね!」
「…………」
 護は目を瞬かせ、そして困ったような笑みを作る。――少し悲しげで、寂しげな……。
「僕が貴方を恥に思うなんで、あり得ませんよ」
 護は呟いた。
「でも、僕頑張るから!」
 一途に憧憬の眼差しを向けてくる彪。
 ――いつか、これは恐怖と嫌悪に変わるだろう。
 だが、今は考えたくなかった。
 護は彪から目を逸らすように冥の肖像画を見上げる。しかし、その真っ直ぐな視線は彪のものに似ていて――護は逃げるように目を伏せた。

 ――およそ半年後。
 彪はその肖像画を感慨深げに眺めた。その髪には重たげな王冠。肩を覆うマントは雪のように白く――。
 王位継承のために謁見の間に姿を現した彼を見て誰もが息を飲んだ。
 ――神王の再来か、と。
 事実、父の死以来の彪は別人のようだった。幼い王の後見人――という名を借りた権力争いも起き得なかったほどに、彼は毅然としていた。
 遠くしっかりと前を見据える瞳。まるで、誰にも邪魔はさせないとでもいうように……。
 継承の儀が始まる。
 王座のその奥に立てかけられた冥の肖像画。彪は一歩進み出て――そしてくるりと身を翻した。肖像画に背を向ける格好だ。マントがそれに従って舞う。
「へ、陛下!」
「お戻り下さいませ」
 騒ぐ宮中の者たちを後目に、彼はバルコニーへと進み出た。王位の継承が行われると聞いた国民が、開放された中庭に集っている。彪の姿を目にして、どよめきが起こった。
 ――若すぎる新王に対する不安と、期待。
 彪はそれを見渡し、声を張り上げた。
「私、清柳院彪は」
 ――「貴方」に恥じないような、
「我が国民に恥じぬような王になることを、」
 ――「貴方」との「約束」に賭けて、
「ここに誓う!」
 一瞬しんと静まり返った中庭が、やがて万雷の拍手と歓声で埋め尽くされた。
 彪はじっとバルコニーに立ち、それを一身に受け止める。その姿は神王の立ち姿に勝るとも劣らぬ神々しさで……。

 それは、「神」ではなく「天使」による革命の始まり。
 新たな「伝説」の幕開けであった。