PROLOGUE
空はいつものように不機嫌な灰色の目で、地上を睨みつけていた。
「ああ、雨降りそうだな」
ぼんやりと空を見上げ、轢はつぶやく。あの戦争からもう随分経っているというのに、未だこの街には死の雨が降り続いているのだった。
轢は足を速める。――今更って感じもするけど、あんまり簡単に死ぬわけにはいかねえし。
死の雨、つまり放射能を含んだ雨は、人体に著しく悪影響を及ぼす。この辺りに住む者たちの寿命が短いのは、この雨と、それを降らせる灰色の空のせいだろう。
「…………」
首にかけた十字架のチョーカーを握る。それは轢のくせだった。まるで祈るように、すがるように、ただ握りしめる。その想いに答える神などいないと、既に彼は知っているのに。
手にかけたビニール袋が少し重い。いろいろと買い込み過ぎたせいかもしれない。轢はひとごちた。――まだ、金残ってたっけ。そろそろ次の仕事探した方がいいかもな。
彼ら戦争孤児は、金になることなら何にでも大抵手を染めている。犯罪じみた件もあるにはあるが、構っていられない。
生きたければ――死にたくなければ。
アパートに繋がる裏路地に入って、轢は不意に足を止めた。目に映ったものが信じられず、何度か瞬く。彼と同じくらいの年齢の男がひとり、力なく倒れていた。この辺りには珍しい金髪で、服はどろどろに汚れている。真っ白な顔には、切り傷や打撲傷が幾つかあった。
何となく素通りするのも寝覚めが悪いように思えて、彼は身を屈めてその青年の肩を揺さぶった。
「おい、大丈夫か?」
服が汚れるのも躊躇せず、轢は彼を抱き起こした。荒々しい世間を潜り抜けて生きてきたにも関わらず、自分にはどうもお人好過ぎるところがある――自分でも分かっているのだが、それはそれで、そういう自分が嫌いではない。
「もしもーし、生きてる?」
ぐったりとした体はなされるがままに揺れ動く。肌はひんやりと冷たいが、薄く開いた唇はわずかに動いている。呼吸はしているらしい。
「一応生きてはいるみたいだけど……どうしよっかな」
考える轢の頬に、ぽつんと冷たい滴が落ちた。振り仰ぐと、先ほどよりも黒く染まった空の色が視界に飛び込んでくる。
「いよいよ降って来たか……」
轢は俯いて男を見つめ、悩むような素振りをみせた。だが、実のところ答えは既に出ている。
「……よし」
一つ頷くと男の腕を自分の肩に回し、抱えるように立たせる。意識の戻らない彼を、引き摺るように歩かせた。
轢が部屋に着く頃には、空は本格的に泣き出していた。