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FOR YOU

 男は面白がるように口元の片方を歪めてみせた。
「友だちねえ?」
 そこに煙草を加え、ライターで火をつける。
「これは面白いな」
「何がだ」
 男はゆっくりと口を開いた。

「Azureは、人間じゃない」

「……は?」
 轢は間抜けな声を上げた。
「何言ってんだお前」
 男は手に挟んだ煙草で宙に円を描く。
「生物学的には人間だ。だが、社会的には違う」
「…………」
 振り向くと、背後のAzureも眉を顰めている。男の言うことが理解できないようだ。
 男は肩をすくめた。

「Azureは『代わり』なんだよ」

「『代わり』……?」
 轢ははっと眼を見開く。Azureのこだわっていた、「代わり」という言葉。まさかここで聞くことになるとは思わなかった。
「そう。Azureは渚という男の『予備』として作られた」
 Azureの手が静かに震え出す。
「平たく言えば、Azureは渚のクローンなのさ。クローンというものを聞いたことくらいはあるだろう?」
「…………」
 轢は絶句した。男はAzureを見据えた、話を続ける。
「渚は生まれたときから重い心臓病を患っていてね。心臓移植用にと作られたのがAzureだ。その眼、識別のためにわかりやすく色をつけたもの。それなのに……」
 わざとらしく嘆息する。
「うちの馬鹿な研究員の一人がAzureに情を移し、大金を持たせて逃がした。おかげで俺たちは大目玉を食ったよ。おまけにこの間は三人もスタッフが死んだ。ま、Azureが見つかったわけだから良しとするが」
「……つ、つまり」
 轢はようやく声を絞り出した。ようやく思考が意味を成し始める。耳の奥がどくどくと響いて、うるさかった。
「Azureは殺されて……心臓を取り出されるっていうのか?!」
「そういうことだな」
 男はこともなげに頷いた。轢は叫ぶ。
「そんなこと、許されるわけないだろ?! クローン人間なんてずっと前から禁止されてるはずだ!」
「知っているさ」
「だったら何で……!」
「金持ちは裏で何だってできる。特に戦後はそういう世界になったのさ。わかるだろう?」
「くそっ……」
 轢はギリッと歯を食いしばった。

 ――そんな、馬鹿な。

 男は先ほどから右手をポケットに入れている。恐らくあそこには拳銃があるのだろう。あれで脅されたら――万事休すだ。何とかしなければ。何とかして、Azureを守らなければ……!
「説明は一通り聞いたな。もういいだろう?」
 男はゆっくりと右手を突き出した。思ったとおり――その手には拳銃が握られている。
「Azure、帰って来い」
「…………」
 Azureは唇を噛み締めていた。下唇は色を失って白くなっている。
「渚が死ぬと困るんだ」
「俺たちの知ったことか」
 男は轢の言葉を鼻で(わら)った。
「お前には関係ないだろう、おせっかいな坊や?」
「あるさ」
「…………」
 男が片眉を上げた。轢はきっぱりと言い切る。

「俺たちは、友だちだから」

「…………」
 それを聞いて、彼の口元が緩んだ。
「なるほど」
 銃口をゆっくりと轢に向ける。
「それではAzure。お前が帰ってこないとオトモダチが死ぬぞ? それでも帰らないというのなら、好きにするがいい」
「なっ……!」
「ダメ!!」
 轢の声を遮るようにAzureが叫んだ。
「僕行く! 帰るから!」
「Azure?!」
「轢を殺しちゃダメ!」
 信じられない力でAzureが轢を押しのけた。青い眼にいっぱいの涙を湛え、彼は男に駆け寄る。
「僕が帰ればいいんでしょう? だから、轢は……」
「ああ、そうだな」
 男は頷いた。
「ま、待て!!」
 轢が駆け寄ろうとするところに再び銃口が向けられる。男の手はAzureの腕をしっかりと掴んでいた。
「それ以上近寄るな。お前のようなストリートチルドレンが殺害されたところで、誰も何も騒がない。……便利な世の中だな、まったく」
「…………」
 轢の視線の先でAzureが微笑み、涙が一筋、頬を流れた。
「……ごめん」
「……Azure、」
「僕、一緒に行けなくなっちゃった」
 轢はただ立ち尽くす。
「ごめんね……」
 男の視線がついと横を向いた。物陰からもう一人、今度は黒いスーツを着た男が姿を見せる。その手にも拳銃が握られていた。その銃口は真っ直ぐに轢を向いている――。
「轢!!」
 Azureは悲鳴を上げた。轢はただ呆然と、その暗い穴を見つめている。

 ――何で……何で、俺たちは、ただ……。

「お前が帰ってきたら殺さない、なんて俺は一言も言っていないぞ」
 口封じが必要だと笑う男を、Azureは思い切り突き飛ばした。

「轢!!」

 ――俺たちはただ、信じていたかった。
 
 こんな俺たちにも未来があると、
 灰色の空の向こうに本物の空があるんだと、
 ただ、信じていたかった……それだけだったのに。

 ――パァン……!!

 その音を、轢はひどく遠くで聞いた。