エピローグ
加川霧子は意識を取り戻し、軽く頭を振った。何度経験しても慣れない感覚だ。
――当然ね。霧子は苦笑する。この世界が「夢」でしかないと、誰か想像できるだろうか。彼女が「アーク」として――「トール・グラス」として闘っている時こそが現実なのだと。
「…………」
目の前にスクリーンセーバーの作動したパソコンが鎮座している。そういえば原稿を書きかけていたところだった。どうして「現実」を書き止めておこうと思うようになったのか、彼女には良く分からない。だが抽象的な言葉で描かれた「現実」は、多くの人の心を惹きつけるものらしい。気が付くと彼女は作家として知られるようになっていた。
本当の「現実」は冷たく――救いなどどこにもないのに。
「アーク」として漂う時、彼女が感じるのは絶対の孤独。味方がいようといまいと関係ない。得体の知れない「敵」――本当はその正体に気付かないようにしているだけかもしれないが――と闘っている時も、霧子は常にそれと向き合っている。
霧子はキーボートに手を当てた。十本の指を駆使し、彼女は思考を吐き出す。
『本当は、誰しも気付いているのかもしれない。この先どれだけ進もうと、どこにも目的地などないということに。それでも我々は生命であるがゆえに、死という永遠の休息が訪れるまであがき続けなければならないのだろう。
悲しいのは、我々が作り出すものは全て――無機物でさえもが、そういう宿命を背負わされているということなのである。』
霧子はため息をついた。
「宿命……か」
指を休め、窓から空を見上げる。
真昼の月が雲の影に――否、空そのものに、ゆっくりと溶けかけていた。